緑ふん純情派 第3話(3)

*****************************************





 なんなんだ、ここ?!
 

 狭いエレベーターの中に固まってる意味がわからん、とばかりにドヤドヤと全員その部屋の中に入り込んだ。
 オレンジ矢印の小太りの男は、それに押されるような格好で後ずさる。

「あれえ?」
 南部がその男をまじまじと見て、頓狂な声を上げた。「…お前、どっかで見たと思ったら」
 生徒会の徳川じゃないか〜。何やってンの、お前?
 ヤマト高校1年生の、徳川太助、…そっくり、である。そう、確かに生徒会の書記をやってる徳川だ。ちなみに南部は副会長…である。
「えっ……」
 徳川太助、と言われた男は絶句。確かに、俺の名前はトクガワタスケ、だけど、……皆さん、一体……。
「ねえテレサ、なんなんだいここは」
 後ろを振り返り、そう言った古代の声に、オレンジ矢印の徳川は目をむいた。


 アロハシャツの艦長代理に、サンドレス姿の森生活班長、シルクのシャツをセクシーに着こなした南部砲術長に浮き輪を腰に装着した相原通信長、ビーチサンダル履きの太田航海班副班長に…黒地に「男」と黄文字ででっかく書いてあるTシャツの加藤隊長、そして…白いシャツとジーンズの島航海長。で、そ、その隣にいるのは、どう見ても。
「テレサ…!?」
 目が飛び出しそうになっている徳川に呼び捨てにされたテレサは、ちょっとムッとする。
「……あの、…私…あなたのこと知らないんだけど…」 
 しかも、ここはなんなの?
 なんで私のうちの別荘がこんなことになってるのよ!?
「第一、あなた誰?!」

 なんだかんだ言って、一番ビックリしているのがテレサだったかもしれない。
「…テレサ、君にも分からないのかい?」
 その腰にさりげなく腕を回している大介を見て、徳川はさらに仰天。(は、話には聞いていたけど… テレサって、島さんの悲恋の相手、地球を救って死んだはずのテレザートの女神さま!じゃないのか?)…… が、なんで生きてんだ??

(しかも…島さんとしっかりデキてるっぽいぞ…?!)


 ——しかし…。何だか分からんが、ここはひとまず… と徳川太助は考えた。


 クマのプーさんのようでいて、太助の頭は実は非常に良く切れるのである。何しろ、将来はハラも引っ込んで体形も逆三角形になり月基地の司令官にまで出世する予定の男なのだから。
「ちょっとこっちへ!!」
 ドキドキしながら、アタマカラッポの観光客みたいな一同を、艦橋後方の展望室へと引っ張って行った。


                   *


「…ふーむ…」
 ——彼らの話の通り、エレベーターに何かが起きたらしい。


 ワープなんてモノを繰り返すからこんなことになるんだ、と太助は思った… ことに、波動エンジンが例のスーパーチャージャーに換装されてからは、ヤマトはワープ中にいつどこで異なる次元に融合してしまうかわからない…といった有様だったのである。今までも、窓の外に白亜紀の光景が見えたり(ここは宇宙だって言うのに、だ!)、女性クルーの着衣だけが消えてなくなったり、といったことが現実に起きている。
 だとすれば、どっかの世界の同じ人物が紛れ込んで来たっておかしかないよな、と太助は考えた。

 ただ、問題なのは。

 SFのディメンション・パラドックスの法則によれば、異なる次元に生きる同じ人格同士は鉢合わせしてはいけないことになっているはずだった。もしも、例えばアロハシャツの古代さんと、本物の艦長代理がこの世界で鉢合わせしたら、どちらかの存在が消えてしまう、というのである……。

 さっき第一艦橋にいたのが俺だけで、ホンットに良かった、と太助は胸を撫で下ろす。そしてなんといっても不幸中の幸いなのは、彼らの中にこの俺がいないことだ、とも思った。 そして、どうやら彼らの中には「真田さん」もいないようだ。これは有り難かった。真田さんがこちらの世界にいる一人だけなら、きっと何か必ず解決策を考案してくれるはずだからだ。


 一方、呑気なのはヤマト高校3−Aの面々である………

 ウチの別荘に何してくれてんのよ、と文句たらたらだったテレサは窓の外の無限に広がる大宇宙に見とれているし、大介はその肩をトーゼンのよーに抱いてくっ付いているし、古代はそれを見て自分もユキの肩に手をやって携帯で写メしようとして手をぶたれているし、相原と太田は展望台中走り回ってガキンチョみたいに大声を上げている。南部は手元でスマホをいじり、繋がらないので首をひねっていた。


 ——とその時である。
 背後でまたしても絶叫が聞こえたのだ……


「いいですか、皆さんはくれぐれもここから出ないでください!僕が出たら、ロックを閉めて!」
 呑気な観光客たちに決然とそう言い捨て、太助は第一艦橋に走る。

 


 第一艦橋で叫んでいたのは、古代(コッチの艦長代理)だった。
「…兄さん!!兄さん、ここで何してるんだ、にいさんっ?!」
「あ〜〜?」
 同じくぶっ壊れたエレベーターでここに到着したのは、山のような食料のリュックサックを背負ったピンクのTシャツの古代守と甚平姿の真田志郎だった。

 非番開けに、ちょいと早目に第一艦橋へ戻って来たら、兄と真田が妙な格好で突っ立っていた……訳である、艦長代理にしてみれば。

「あああ……ぶ、無事だったんだね!…どうやってあの暴走するイスカンダルからここへ?!真田さんが何か新兵器を出してくれたんですか?!」
「……はてー、俺はわからんが…君は」
「真田さんこそ、そんな格好で…一体!!」
「…うるさいぞ進」
 リュックの下から首を出した守が、絶叫する弟をたしなめた。「それになんだお前…そのヘンな格好は。コスプレか?南の島でいきなりコスプレなんかしちゃったりなんかしてんのか?!……面白いじゃないの」

 ああ、ふう!!
 しかし、これはどこまで持って行ったらいいんだい?私は疲れたよ!!
 そう言って、守はドサリとリュックを降ろした。

 


「艦長代理っ!!」
 徳川太助はすでに状況を飲み込んでいた。
 人数が増えている…… しかも、あれは?

(うわっ、真田さんだ!!真田さんまでもう一人いる!しかも…あっちは…)
 顔つきからして、古代さんの身内?兄さん、ってさっきから言ってるような。
 だがどちらにしても妙な格好の方の人間は全部、展望室へ連れて行かなきゃならない!パラドックスの法則で、違う次元に生きる同じ人格が相対したら、片方は消滅しちゃうんだ……!

「艦長代理!!僕が説明します、訳は後で!そのお二人を大至急展望室へ連れて行かなくちゃ!」
「…太助?」
「ななななんだねなんだねチミは!?」
「守、彼はきっと、ここのホテルのボーイさんだ。まあ落ち着いて夜空のショーでも見ようじゃないか…展望台だとー。いい無人島じゃーないかー、ここは」

 真田はのんびりした笑顔を浮かべ、徳川にニッコリしてみせた。どうやら「真田さん」という人は、どの次元に飛ばされても動じない人物なのらしい……

 ついて来ようとするホンモノの艦長代理を押しとどめ、太助はおかしな方の真田と守を観光客ご一行様(w)のいる展望室へと引っ張って行った。


 ところが、展望室では最悪の事態が起きようとしていた。

 守と真田を連れた太助の数メートル先の通路に、誰かがいた。その誰かは、ゆっくり溜め息を吐きながら、展望台のハッチを開いた… 
 一つ前の航海のことが心に重くのしかかっている。みんなの前では何事もなかったような素振りをし続けているが、本当はまだ心がものすごく重かった。時折、この展望台に来て星の海を眺める。…失った思い出を、もう一度取り戻すことは出来はしまいかと………。

 その誰かとは、心無しか肩を落とした島大介だった。


「……島さんっ!!そこを開けちゃ駄目ですーーっ!!」
 太助の絶叫虚しく、オートドアがシュっと開いた——

 島さん——!!!

 大変だ… 島さんが消えちゃう。このヤマトに絶対欠かせない航海長が、いなくなる…!!
(いや待て)
 しかしダッシュしながら思った。珍客の方の島さんが消えていれば、問題は無い!
 

 ところが。

「あー、島だ」
 展望台では、ヤマト航海長の島大介がアロハシャツの古代に早速「ぶっはは、なんだお前まで何そのカッコ…」と笑われていた。

「お前なあ、何なのその矢印コスは。せめて上向いて行こうよ、下向きってナイだろ〜〜」
「…な…何だ古代? それに、…みんな…その格好は」
「まーたまた!お前も徳川みたいなこと言っちゃってェ…」
 だが、その古代も「あり?」と背後を振り向く。
 ……島が、2人いる。
「へ?」

(駄目だ…!)

 太助は絶望してぎゅっと目を瞑った… が。想像していたような、ボワン!とどちらかが消滅するような、そんな状況にはならず——。

「……まあ、…島さん…?」
 一番奥で、並んで宇宙を眺めていたバカップルがこちらを見て… テレサが目を丸くした。隣にいる人と、まったく同じ顔をした…いや、もうちょっと大人っぽくて陰のある男がこちらを凝視していたからだ。

「……あの人、島さんの親戚かなにか?」
「いや… お、俺…知らないよ」
 目が合ってビックリ…したのは、大介も同じだ(あーと、白いコットンシャツの方ね)。しかも。

「………テ…」
 テレサ…!!
 緑矢印のコスプレが、驚愕の声で彼女の名を叫んだのだ。
 でも、テレサはいきなり呼び捨てにされても、なぜか徳川にそうされたときのようにムカッ腹は立たなかった。だって、なんか、あの人。雰囲気素敵じゃない…?

「…あの人、なんで…あたしの名前知ってるのかしら」
「……だって、その、この別荘の従業員かなんかじゃないの?…ええと、ほら、さっきのコロっとしたヤツと色違いの同じ服、着てるじゃないか」
 コットンシャツの大介、気が動転してても最もらしいことを言う。
 だが、よろけるようにして真っ直ぐにこちらへ向かって来る緑矢印にビビる。とっさにテレサを後ろへかばった。


「な…なんだよあんたは」
「テレサ…、君はテレサじゃないのか」
「そうだけど」
「ああ、やっぱり…!!」
「…おい何すんだよ、やめろよテメ…!」
「…テレサ、テレサ!!」

 背後にカノジョをかばう大介と、驚いて竦んでいるテレサと、そのテレサを我が手に抱こうとする島と……ややこしい三つ巴の輪舞を目にして、徳川はあんぐり。…他のみんなも同様にポカンと見守る。

 ええと…
 ディメンション・パラドックスの法則では……


「世の中には3人、似た人がいるっていうからなー」
 真田がははは、と笑いながら、そのひと言で片付ける。

 いや、なんか違うだろ。
 みんながそう思ったが、じゃ…、と同時に気がついた。
 つまり、この妙なSFチックなセットのどこかに、全員…同じ顔の人間がいるんじゃないのか?…という、ゲーム?

 
「ダメダメ駄目、駄目ですっっ!!」
 面白え、探せ!!
 わらわらと展望台から飛び出そうとするご一行様に、太助が絶叫。どっちかが消滅する、ってことがないのは分かったけど、どっちにしろ拙いでしょーーーっ!!

「なんでだね?」
 こんなイベント、滅多に無いんだからね!あの頭王田のリゾートにしちゃあサービス満点じゃないか、無人島で自分のソックリさんを捜せ?こんな面白いゲームを満喫しないなどとは勿体無いにもほどがある。守がフン、と胸を反らして不服そうに訊ねた。

 


 ぜー、はー。

 しかし太助は展望台のハッチを死守すべく、ドアの前に立ちはだかりながら言った……
「あー、その、古代守さん?あなただけは…この船には乗っていらっしゃいませんからまだしもね」
 大体、ヤマトはこの人とスターシャさんを救助しに、暴走してるイスカンダルを追っかけてる最中なんだから。

 あとは、確かに全員…同じ顔の人が乗ってます。

「……船?!」
「救助?!」
「全員!?」

 

 そんなこと聞いたら、ここで黙ってじっとしてなんかいられない!!

 

 

*****************************************

(4)へ