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「……んもー…!!」
さて翌朝。
くうくうとまだ寝息を立てている亭主どもの傍らで、古代を迎えにきた雪が険悪な声を吐き出していた。
「ホンットごめんなさいね、テレサ…!」
……昨日のお昼頃、島くんと買い物するって言って出て行ったのよ……、それがどういうこと? まったく古代くんたら、迷惑ばっかりかけて…!!
「いいんですよ、雪さん」
さっきから、テレサはそう三度ばかり繰り返しているが、雪の怒りは一向に収まらないらしい。
「だめよテレサ!甘やかしちゃ!!」
男って、一度こういうこと許すと、際限なく繰り返すんだから!
ごめん、って言えば済むと思って!!
「あの、でも… お身体にさわらないのなら、たまにはこうやって遊ぶのもいいのではありませんか?お二人とも、毎日気を張りつめてお仕事してらっしゃるのですもの…」
「……テレサ」
それは…、そうでしょうけど……。
「私はちっとも迷惑だなんて思っていませんから、大丈夫ですよ」
雪のためにモーニングコーヒーを入れ、どうぞとカップを渡しながら微笑むテレサは、まさに聖母である。カップを受け取って雪はちょっと口を尖らせた……(そんなこと言われたら、あたし一人が悪者みたいじゃないの。)
しかも、このコーヒー、美味しい。
テレサは私コーヒー飲めませんから、って紅茶を飲んでるけど、ちょっと悔しい。コーヒーでは、テレサの方が上手だわ。
「それに、こうして見ていると……二人ともとても可愛いじゃありませんか」
<…え“>
今、雪はリビングのソファにテレサと向かい合って座っているが、その彼女の背後に伸びている2人が見える。あんな図体のでかい酔っぱらいコンビの、どこが…?
大人の反応……、というか。馬鹿な子ほど可愛い、という心理なのか。
……でも。
まあ、言われてみれば。すっかり正体をなくして眠り込んでいる進と大介は、なぜだかうんと昔の、戦闘班長と航海長……のようにも見えた。
なにかと言えば小競り合い、ちょっとしたことで殴り合い。険悪になったかと思えば、直後に手を取り合って敵を一掃している……。
あの頃、私もそんなこの人たちのことを、男同士って、いいなあ……と思ったことが…あったわね……。
んもう、参ったなぁ……と溜め息を吐いていると、テレサがさらにふわりとこう言った。
「島さんは、古代さんがとってもお好きなんですね」
「……進さんも、島くんが大好きだわね」
そうね、…もう、どうしようもないくらいね。
テレサは、ようやく苦笑した雪に向かって、極上の笑顔を見せた……「私は島さんが大好きですけれど、古代さんも雪さんも同じくらい…大好きです」
言われて頬を赤らめた雪を後目に、テレサはすっとソファを立つと、白い箱を持ってきた。
中から出てきたのは、……白い、靴。
「古代さんと島さんは、お二人で私にこれを買って来てくださったんです。でも……」
選んでくださったのは、雪さんなんですよね?
「ありがとうございます、とっても素敵です。大事にしますね…!」
雪は、そのテレサの表情に脱帽の苦笑。
「ねえテレサ?…あなたにかかると、みんな怒る気なくしちゃうわねえ…」
「え…?」
彼女はみんなの気持ちを収めるために、計算して立ち回っているわけではない。きょとんとして首を傾げる様は、天然そのもので。
さすが、もと宇宙の平和を祈る女神様…ね。
あなたには負けるわ……うふふっ。
「ねえ、それ。履いてみせてくれないかしら?」
「…はい!」
(……古代。雪のやつ、笑ってるぞ)
(ホント?…もう怒ってないかな)
(…テレサがどうにか丸め込んだらしい)
(ああ助かったあ…)
リビングの真ん中のマットレスに転がる2人は、実を言えばしばらく前から目を覚ましていた。雪がぶうすか怒っているあたりで正気付き、これはヤバイぞ……と狸寝入りして聞き耳を立てていたのだ。
薄目を開けて、島が様子を探る。テレサは…もちろん、怒ってない。へっへっへ、どうだ…さすがは俺の嫁だ。
方や古代は雪の眉間の皺を想像し、どう言い訳したものかと自分の眉間にも皺を寄せていたが、テレサが買ってもらった靴を履いて雪に見せているのか、彼女の声はすこぶる晴れやかである。
(ふふん、どうやらテレサの方が数倍優しいって分かったようだな)
(……う)
(俺の勝ち)
(そんなの勝ち負けじゃねーだろっ…)
(ふ〜ん、じゃあそういうことにしといてやる)
お前が可哀想だからな。そう島が薄笑いを浮かべたものだから、古代がカチン。
(なんだよそれ?!)
(まあ、お前は嫁さんの尻に敷かれてるのがお似合いだよ)
(ッテメ、島!元はと言えばお前のヨメがトンチンカンなのが悪いんだろっ)
(ト… 言って良いことと悪いことがあるぞ!トンチンカンとはなんだ)
(あ、天然ボケ、のほうがいいか)
(てめ…)このクソ古代…!!
「……すーすーむーさぁんーー?!」
突如、くだらない小競り合いはピタリと止まった。
おそるおそる目だけで見上げた2人の視界に、腰を屈めて魔物のような笑顔を浮かべた雪が……
「わあぁあーーーー!!」
「島くんも島くんだわ!実は2人ともずっと起きてたのねッ!?」
「えっ、あっ、その」
「いいから2人とも起きなさいっ!!」
仁王立ちになった雪の足元に、恐る恐る起き上がるフタリ。
「さー、どう説明するつもり?」
「いや、あの…」
「こここれには深〜いワケが……」
「ワケですって!?…ともかく、2人ともまずテレサに土下座しなさいっ!」
「あの、あの…ユキさん」
青くなったテレサが、間に割って入る。
「お願いですからそんなに怒らないで差し上げて…」
「そ、そそうだよユキィ…」
「…あーもう…」
女神さま天女さま、とばかりにテレサの後ろに隠れる古代を半眼で睨み降ろしながら、雪は溜め息を吐く。
「ねえ?みなさん、これ…見てくださいな…?」
どうかこれで気持ちをお鎮めになって。
テレサはそう言わんばかりに立ち上がると、履いてみた白いパンプスの足を見せた。
白いロングスカートの下からのぞく、透き通るような足首に、白いリボンストラップが可愛らしく巻き付いている。バレリーナのトゥシューズのような、華奢な靴………
「雪さん、古代さん、島さん…これを皆さんで、私のためにプレゼントして下さったのですもの、ね?」
どうか、私に免じて諍いは……。
まあ、そうまで言われたら雪だって、引き下がらないわけにはいかなかった。
「しょうがないわね…!」
ともかく古代くん。さっさとおいとましましょう。島くんの短い休暇、テレサは楽しみにしてたんだから。
「……島くん?あとでちゃんとテレサに謝りなさいよ?」
「あ、ああ」
ひー、助かった。
耳を引っ張られて立たされた古代の行く末は知ったこっちゃないが、ともかく、ひとまず。
(まったく、ホントに君は、平和の女神さまだね)
傍らで安堵の溜め息を吐いているテレサを苦笑して見下ろした。彼女の場合、夫の大介に怒鳴り散らす、ということなどまずない。どちらかと言えば彼にとっては「彼女が泣くんじゃないか」という心配の方が強いわけで。
小言も言わない、文句も言わない。だから俺は、つい…、君に甘えちゃうんだよな……
「ごめんね、テレサ」
えっ?と振り向いた彼女の顔がいつになくあどけなくて、島は思わずまた苦笑した。
「じゃ、お邪魔しました!」
せっかくの休暇なのに、邪魔してごめんね?
再度謝る雪に、いいえ、と首を振り、テレサはにこやかに言った。
「本当に、ありがとうございました!この靴、大事にしますね…!」
「気に入ってくれて良かったわ」
ウンウン、と頷く古代に島が目配せ。(帰ったら絞られそうだな)
ちぇー、ヤマトの女神さまには敵わないぜ…
なんか言った?古代くん?
……い…いやいや、なにも?
「私、門のところまでお見送りに行きますね」
「ああ」そうだね、と島がテレサに頷いた、
——その直後。
島が、雪が、古代が「あ…」と思う間もなく彼女は履いていた白いパンプスをするっと脱いで揃えると、玄関ドアからととと、と外へ………
「テレサー……」
違うから!その靴は、外で履くものだから〜〜!!
「え?」
裸足のまま玄関を振り返ったテレサは、雪と古代と島が、3人揃って右手を出し、同じ口の形をして「あー」となっているのを見た……
まあ♪
なんだかんだ言っても、仲良しなのですね、古代さんご夫婦と島さんは。…うふふ。
(ちゃんちゃん。)
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<言い訳>w