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(ああ、お願い。どうか、甦って…)
あなたの身体が、次第に冷たくなって行く。
宮殿に備わった全機能をフル稼働させて、私は『蘇生』を試みました……無謀とも思える手段すら用いて。
あなたが着ていた宇宙服は酷く傷ついていましたが、幸いにして大きな破れはなかったようでした…酸素が流出してしまわなかったので、奇跡的に呼吸が続いていたのです。 ……ですがそれは、右胸に大きな金属の破片が刺さっていて…それが抜けずにいたためでした。爆風に煽られた金属は熱を吸収し、半ば溶けていましたが、そのおかげであなたの身体までは燃え尽きなかったのだと分かりました……
宮殿の頭脳、私がテレザリアムと呼んでいるA.I.(人工知能)が、彼の治療を始めてからずっと…… 私は片時も離れず、そのそばにいたのです——。
熱を帯びて溶解している金属片を取り除くために、テレザリアムは医療ユニットを出し、彼の衣服を切り取り始めました。人工心肺装置に頼らなくてはならないほどの、か弱い拍動…… 呼吸は、もう1分間に一度、あるかないかでした。
——今にも…挫けそうでした……
灰褐色に変色した宇宙服の下から現れた、あなたの身体。
赤い体液が滲み出す傷ついた肌、恐ろしい傷口…。
次第に赤い液体が枯れて行き、白く沈んで行く肌に、「行かないで…!」と私は何度も呼び掛けました。
お願いです… 甦って、島さん。
もう一度目を開いて、私を見て…!
…何を犠牲にしてもいい。そのためなら、私のすべてを…あなたにあげる。
もっとあげる……全部あげるわ…!
…なにもかも……!
だから、どうか戻って来て…… 島さん!
「………ぁ…っ」
涙が頬に零れて、その熱さにはっと気がつきました。
………夢…?
(ああ… 良かった…)
夢の中で、こんなに泣いてしまうなんて。…私。
そ、と指で目尻に零れた涙を拭いました。
同時に…右隣に温かな体を感じて、またどっと涙が出そうになったの……
(…良かった…… 夢で、良かった)
息を吐いて、島さんの背中に額を付けました。
どうしてあんな夢を…見たのかしら。
もう、ずうっと昔のことなのに……——
しばらくの間、私は眠る島さんの身体にぴったり寄り添っていました。
カーテンの隙間から、蒼い光が一条…まるで光の道が降りて来たように、差し込んでいます……
…地球の…衛星、
月の光の… …仄白く蒼い、道。
あの淡い光は、癒し、保護する力を持っているのだとか…
この星<地球>へ来て、そう知ったとき。白く蒼いあの光に、温かな気持ちを抱きました…… 思い返せば。あの時テレザリアムがヤマトを追ってワープアウトしたのは、あの衛星、月のすぐそばでした。
あの時、彗星の巨大な力に焼き尽くされそうになって尚。
月は、私を…島さんを、守ってくれていたのでしょうか——。
規則正しく上下するあなたの胸。頬に感じるあなたの鼓動。
暗闇に仄かに見える、あなたの閉じられた瞳、思いのほか長くて豊かな睫毛。
(…この瞼に、開いてくださいと…何度もお願いしたわ…)
でも、今は何も恐れることはありません……嘆くこともない。あなたはここにいて、私の元で、安らかにただ…眠っているだけだもの。
ホッとしながら、少しだけ… 身体を起こしました。
あなたを、起こさないように…。
(疲れて帰っていらしたから、ぐっすりお休みね)
大好きな唇が、僅かに動いて息を漏らします……
キス、したい…。
ううん、してほしい……
テレザリアムが治療していた間の、あなたのことを…思い出しました。
傷を調べるために、すべての衣服が取り除かれて。
見ていてはいけないのかもしれない…などと思うより、しばらくはその身体に負った傷の多さ酷さに気を取られていました。
我に返ったのは、治療がすっかり終わった後のことです。
テレザートで用いられる外科用の人工皮膚膜が奇麗に移植されたあなたの全身を見て、私は不思議な思いにかられました……こんなに傷ついているのに、死と紙一重の所に、あなたは立っていたのに。
(私の身体と、全然違う…)
首筋の太さ、逞しさ。
鎖骨から肩へとつながる筋肉。
…私の倍はある、力強い腕……。
包帯に覆われていてもわかる、固く隆起した広い胸板、引き締まった腹部。
宮殿内の壁に映る、自分の姿をふと見つめました——
まったく違うわ…。
酷く傷ついているのに、その身体にどうしても抱きつきたくなって。
それは出来ないと分かっていたから仕方なく、私はあなたの手を握りました。
——その手も。
なんて、大きくて… 強く弾力があって……
ただその時は、彼の体温が酷く低くなっていることに、半ば気が動転していたのだけれど。
……だから、あなたの腰から下の素肌がそのまま剥き出しだったことに、そのとき初めて気がついたのよね………。
ちょっと微笑みました。
嫌な…テレサ。
幸いにして、そこは何も傷を受けておらず、テレザリアムはその場所には何も施さなかったようなのです。ただ、排泄用の管だけが接続されていた…ように思います。
でも。
他の場所は、形こそ違えど、おそらく私の身体と同じ働きをするものばかり。なのに、そこだけがまったく違って……
私はどうしてもそこに目が行くのを止められなくて。
でも、多分…そのままでは島さんはお嫌だろうと、そう思ったので彼の身体をそっと保温用のリネンで覆いました。
訳もなく……どきどきしました。
男の人の身体、って。
なぜあんなに私と違うのでしょう…?
私は、あの時……、あの身体に抱きしめて欲しいと強く思ったのです。それは…何か、大きくて…強くて温かなものに守られたいという感覚。
——そうだわ……
私は、ずっと……守られたかったのだ…と、思い出しました。
抱きしめられると、感じるの。
…私は…生きて、ここにいる。
あなたと一緒に……守られて、ここにいる、って……。
抱きしめて…。
その腕で、私を抱いて。
水の雫が…霧になるように…
泡沫が海の波に滲み込むように……
落ちた涙が、温かな頬に消えて行くように…、
私を…あなたの中に溶け込ませて—— ひとつに、ならせて……。
蒼い月の光が、ゆっくりとこちらを向いて、
あなたの願いを叶えてあげる。
…そう微笑んでくれたような気がしたわ……
眠るあなたの胸に、私は思わず… すがりついていました。
「……ん……?」
身体の重みに、あなたが声を漏らしました……
ああ、ごめんなさい…!
「どうしたの…?」
「島さん…」
ごめんなさい、起こしてしまいましたね……
なんか怖い夢でも見た?
僅かに目を開いて、そう問うてくれたから。
いいえ、と私は微笑みました。
「…違うの。……確かめていただけ…」
「何を?」
「……私が… あなたと…ここにいる、っていうことを……」
それを聞いて、島さんは笑って、頷きました——
「テレサ」
「……はい」
「どこにも行くなよ…?」
「はい…」
そして…… 島さんは、私がして欲しい…と思ったように、優しくキスをしてくれました。それから……両腕で私を抱きしめて…。
あいしてる。
ずっといっしょだよ
——そう言ってくれました——
そして…あなたが眠りについたとき。
私はもう一度… 涙を零しました。
嬉しくて。
抑え切れなくて——。
島さん…
愛しています——
ずっといっしょです……
Fin.
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<言い訳>
ええと、これは実は2011年秋の宇宙図書館ブックフェア、「秋の夜長に」お題による創作、参加作品でございます。
お題03.<月の光の…>。
ん?月の光、キーワードがちょろっと引っかかってるだけじゃん、って?
いーからいーから(笑)小さいことは気にしない(おい)。
さて、テレサは地球に来ていて、島の実家に島と一緒に住んでいます……これはERIワールド独自の設定ですけどね。
「ヤマト2」後半、島とヤマトを追って月の軌道近くにワープしてきたテレザリアム。テレサ自身も傷ついていましたが、そこで目にしたのはデスラーとの戦いで艦外に吹き飛ばされた島の姿でした。その後、ご存じのように彼女は島を介抱し…ヤマトへと返すのです。
この、『眠っている島を見て、テレサが過去のことを思い出す…』っていう題材は、緑矢印サイトなら一度は書いてみているテーマみたいですね。けど、ウチでは書いたことがなかったので、敢えて挑戦してみました。
え?
にしては途中、ブチコワシなシーンがあるって?(笑)
うるさいわね、普通怪我したら着衣は取るものでしょ!?で、全身だったら全裸でしょ!?なにヨコシマなこと考えてんの、いい加減にしなさい……(by ナース森雪)
テレサだって、女の子ですからアレには興味が(そーゆー問題じゃないだろ違うだろ、って?!違くないもん!)……w。いや〜、緑矢印お約束の題材も、ERIが描くとこうなる…とゆー典型でありましょうか(…ヤメロ)…w。
でも、このお話の島、半分寝てない?寝てるよね?!なんかテレサに乗っかられて一度起きたけど、ムニャムニャグ〜、ってまた寝たよね…(w)「あいしてる」って、寝言かな?……まあいいや、起こしてゴメン。お休み。ウチの島大介は、他所様より「大ざっぱ」かもしれません、スイマセン。
………さて、ヒーリング効果のあるらしい、「月の光」。
その真偽は定かではありませんが、傷ついた心も傷ついた思い出も、蒼い光に癒されて…良かったね、と素直に思ってあげてくださいまし。
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