RESOLUTION ll 第3章(3)

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 ——テレサは不意に、意識がはっきりしたような気がして驚いた……


 …眠ってしまっていたんだわ、私。

(頭が痛い……)

 眉間を押えた右手の指の間から、モニタ画面の発する独特の光が見える。自分が寝ているのが科学局のコマンドブースに置かれた長椅子の上だということを、ゆっくりと思い出す——。

(私……どうしたのかしら)


 酷く疲れている。

 みゆきのESPを「受信」して、真田の作った通信デバイスに地球語として変換する。それは半ば、彼女の持っている同じESPの名残、ともいうべき感覚に頼って行われる……。だがみゆきの持つエネルギーは思いのほか強く、それを受け続けていると驚くほど疲弊するのだった……

 まだ赤ん坊だったみゆきが、はじめて母親の彼女に「移動性ブラックホール」の位置を伝えた時も、丁度こんな感じだった。


 酷い目眩と、頭痛。
 それが、みゆきのESPを受け取るために母のテレサが払う、代償である——。

 


 滲む視線をゆっくりと上げると、それほど離れていない場所に夫と……真田志郎の姿が見えた。
 2人はこちらに背を向けて、懸命にモニタに向かって何かしている。その手前には、……女の子がふたり。

「……みゆき」
 そうだわ。
 あの子、…成長したんだった。



「あ、ママ!」
 床にぺったり座り込んで遊んでいた少女のうち、まだ4つくらいの女の子の方が声を上げて立ち上がる。赤みを帯びた金色の長い髪が、くるんと波打った。

「テレサ!気がついたのね!大丈夫?!」
 そう言ってくれた、年かさの方の黒髪の女の子は…… 古代さんと雪さんの娘、美雪ちゃん。
「ええ、……大丈夫よ」

 額を押えて起き上がる。
 だが、くらりと目の前がまた、暗くなった。



 気がつくと、自分の身体を夫の大介が支えて抱いてくれていた。

「……島さん」
「無理するな。まだ休んでいても良いんだよ」
「いいえ…」
 大丈夫です、と言いかけて、夫がことのほか心配そうな表情なのに気がついた。自分で立とうとするのだが、膝が震えて上手く立てない。

「テレサ!」
 夫と同じ群青色の制服を着た真田志郎が、モニタを放り出して近寄って来る。大介と同様、ひどく心配そうな顔をして彼は言った。
「今、大急ぎでみゆきちゃんの念波をこちらでスクリプト化するシステムを整備しています。データは充分取れていますから、まだしばらくは休んでいて大丈夫ですよ。テレサ、…あなたが消耗することは分かっていたんです。私の力が及ばず、申し訳ありません」
「お気遣いありがとうごさいます…大丈…夫…」

 だが、大介の肩に手をかけて立ち上がったはいいが、テレサは自分がまるで歩ける状態ではないことに気づいた。

「テレサ、ここは真田さんとみゆきに任せて、ベッドで休もう」
「平気よ…、私…ここにいます」
「いけません」
 真田が微笑みながら、ゆっくりかぶりを振る。

「…あなたがダウンしてしまったら、島が使い物にならなくなる。ここは、私とみゆきちゃんでなんとかやれますから、仮眠室でお休みになって来てはいかがですか?…あなたの娘さんは、驚くほど優秀なオペレーターですよ?」
 真田に褒められたみゆきが、ピンク色の頬を赤くして、えへへ…と肩竦めた。
「ママ、みゆきね、真田さんにいっぱいほめてもらったの。パパとおんなじに、間違えないでボタン押せるんだよ〜!」

 大介が苦笑している。
 古代美雪も、もうすっごいの、と半ば興奮しながら横から報告した。
「テレサ、みゆきちゃんすごいよ。すごく頭いいの。コンピューターより計算早いんだよ!!」



(……みゆきには、電気信号が直接聞こえるらしいんだ、通信デバイスを通さなくても)
 大介が小声でフォローする。(……昔、君もそうだったんだよね?)


 テレサはみゆき、そして古代の娘と夫とを代わる代わる見つめた。

 ……そうです……。

 ——かつて、確かに私は、この脳裏に様々な通信波を直接受けて…さらにPKによってメッセージを発信することまで出来ました、…ですが……



 娘のみゆきまで… 同じことを



「……いっしょに仮眠室へ行こう。…ちょっと話がある」

 真田さんのお手伝いするんだぁ、とウキウキしながらモニタの所へ戻る娘を目で追うと、大介が小声で付け足した。「みゆきは大丈夫さ」

 まるで大柄な保父さんのように、小さなみゆきに大袈裟な身振り手振りで笑いかけている真田が、こちらを見てぺこりと頭を下げた…… 
(どうぞ、お休みになってきてください、テレサ)
 その傍で、古代の娘もニッコリ笑って手を振る。

「昔取った杵柄、だね。…真田さんは子育ての経験があるんだよ」
「…まあ、そうなんですか…?!」
「3歳にもならないうちに、…その子は亡くなってしまったけどね…」

 悲し気な大介の言葉に、テレサの胸のどこかでずきん、と音がした……
「まあ、それも含めて… あっちで話そう」
 すっかり真田に懐いている娘を振り返りつつ、大介はテレサを抱き上げると作戦本部のドアの外へ出た。



「…ごめんなさい。どうして…こんなに疲れてしまうのかしら」

 仮眠室のベッドに座り、テレサはそっと額を拭う。
 大介が温かいココアを入れたカップを持って戻って来た。
 テレサにそのカップを持たせると、彼もその傍らに座る。

「よくわからないけど…… 50アンペアの電球に100アンペアの電流を流し続けていれば、そのうちヒューズが飛ぶ。そんなのと同じ理屈だろうね。みゆきは… 昔の君と同じくらいの能力者なのかもしれない」
「………」

 そのことは、薄々分かっていた……

 
 3年を暮らしたあのスペースコロニー<エデン>で、赤ちゃんだったみゆきがすでに、その片鱗を見せていたからだ。恐ろしいのはこれから先である。

 まさか、あの子も。
 異常な出力のPKを持っていて。
 それが暴走した時には……反物質を…


「……島さん…、そんな。…私…どうしたら」
「まだ分からないよ、そんなこと」

 恐ろしい懸念に呼吸を乱したテレサの肩を、大介は力強く受けとめた。
「少なくとも今は、その兆候はない。…真田さんがちゃんと見てくれている。佐渡先生も地下の分析室にいてくれるんだ。…大丈夫だよ」

 君はともかく、とても疲れている。身体を楽にして、眠った方がいい。

「…なんなら、添い寝してあげようか?」
 テレサは戯けてそう言った夫に、思わず苦笑した。
 いや、苦笑したつもりだった… なのに、思わず涙がこみ上げる。

「……島さん」
 笑いは嗚咽に変わった。
 あの力とは、もう永遠に訣別したと思っていたのに。
 まさか…みゆきが。

 しゃくり上げるテレサを、大介も胸に抱くくらいしか手がなかった。
「…大丈夫だよ」
 何がどう、大丈夫なんだろう。
 大介にも見当がつかない。
 


 だが、現時点ではみゆきの力を自分たちが制御し損ねている、という感覚はなかった。かつてのテレサのそれとは違い、みゆきはこちらの求めに応じて自分の力を使い分けているように見える。

 真田も上手いことみゆきの興味を引いて、純度の高いスクリプトを引き出すことに成功している……みゆき自身が、ヤマトへ飛ばすスーパータキオン変調波に自分の意識をシンクロさせて、ピンポイントで通信回線を導くようになっているのだ。

 音声通信、画像の送受信、サーチにマーキング… そういったものに意識を分散させるよう、まるでみゆきを遊ばせるかのように、ゲームでもするかのように、真田は上手くリードしている。


「…昔とは違う。真田さんも俺も、この地球の科学力も、あの頃とは違うんだ。…君が一人で背負わなくても、みんなで力を合わせれば、テレザート星で制御出来なかった君の力だってどうにか出来るはずだ」

 ——それにね。

 打ち明け話でもするかのような声音。



「真田さんの育てていた子どもって言うのは、古代の…お兄さんの娘だったんだが」
 もう…20年近く前のことになる。

 デスラーの統べた旧ガミラス星の二連星、イスカンダル。その子は、イスカンダル星女王の忘れ形見だった……

「…?では、古代さんのお兄さんは… 地球以外の星の方と…?」
「そうだよ」
 大介はテレサを見下ろして頷いた。
 君と…俺。条件は同じだ。

「…でも古代の兄貴はデザリアム帝星の進攻で戦死、…そのイスカンダルの女王も、あの星の資源をデザリアムに渡すまいとして、星と一緒に…自分の命を絶った」


 気高くて、強い女性だったよ。
 でもな……
 ——少しでも、俺たち仲間を信じて… 頼ってくれたら、って思ったよ。


「……力を合わせて闘えば、あんな犠牲を出さずに、もっと他に道が開けたんじゃないだろうか、って」
 背中に回した大介の腕が、自分を力強く引き寄せた。

「…大丈夫、大丈夫、…って君は言うだろう。頑張ろうとするだろう。……何もかも、一人で背負ってしまおうとするだろう…?それは、…あのイスカンダルの女王と同じなんだ」
 そのイスカンダル女王の忘れ形見のサーシャも、お母さんと同様…たった独りで敵地に残った。自分を犠牲にして俺たちの作戦を成功させてくれた。

「だが俺たちは、それをただ見ていることしか出来なかった。古代や真田さんだけじゃなく、俺も……あの子のことを思い出すと、今でも辛い」


 ——彼女たちのために何も出来なかったことが、辛いんだ。


 
 真田さんは古代の兄貴の代わりにサーシャを育てていた。
 サーシャも、地球人とは成長の度合いが違っていたから、地球ではなく宇宙天文台で暮らしていたんだ。
 だから、目の前でサーシャに死なれたときの真田さんと来たら…それは、…気の毒だった。

「特殊な能力を持っていて、急激に成長して… ここで、あの人の仕事を当然のように手伝いたがるみゆきは、きっと…あの子が生まれ変わったみたいに思えるんだろうな、真田さんにとって」

 だからこそ。
 何も出来ないまま、君たちの特別な力に頼ることは2度としない。
 真田さんはそう思ってる。
 俺もそうだ。

 


「…みゆきは大丈夫だよ」
 真田さんと一緒に楽しく遊んでいるつもりで、びっくりするような電算処理をやってのけてる。

「君は無理をしないで、俺たちを信用して任せてくれ。真田さんも俺も、…そうしたいんだ。今度こそ、君たちにばかり頼らずに…俺たちの手でやり遂げたい。でも、…いざと言う時にはきっと君の力が必要になる、真田さんは判らないけど…、俺はそう思ってる。だからそれまでは、休んでいて欲しいんだ。……ね?」

 笑いながらそう言った大介を、テレサは複雑な思いで見つめた。



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