キライナモノ。(1)

*****************************************

 


 君が気に入ろうと気に入るまいと、これは…了解してもらわなくては困ることなんだ。


 目の前で、腕組みをして。
 ——難しい顔で、島さんはそう言いました。

「…はい、ごめんなさい…」
「謝らなくたっていいさ。でもせっかく雪が幾つもプレゼントしてくれたんだろう?なのにどうして使わないんだ?」
「だって……」
「多少窮屈でも、地球の女性は誰だって使ってるぞ?」

 リビングテーブルの上には、私の…下着。
 雪さんがプレゼントしてくれた、ピンク色の花の刺繍が美しい、ブラジャーと、ショーツ。
 それにちら、と目をやって、慌ててぷいっと逸らして。
 島さんは小さく溜め息を吐きました。


 最初島さんは、これを着ける必然性について、それほどはおっしゃらなかったんです。嫌ならしなくてかまわない、という話だったはずなんですけれど。どうして急に態度が変わったのでしょう。ことに、私が苦手なのはブラジャーの方です。どうしてあんなものを一日中着けていなくてはならないのでしょう…?

 ある日を境に急に島さんの態度が変わったので、何かきっかけがあるはずだとは思うのですが、それが私には良く分かりませんでした。

「わ…分からなくてもいいさ。…単に、地球人女性としてのエチケットだと思ってくれれば」
「…………」

 地球人女性として、…と言われると、私、弱いのです…… 

 私は地球の人たちと同じようになりたい。島さんと,同じように……。でも、どんなに努力しても、私はもともと違う星の人間。そのことは忘れたくても忘れられない事実で、時にはそれが原因で、泣きたいほど悲しくなることもあるのですもの。
 島さんはそれを知っているから、わざとあんなことを言うのです……意地悪だとは思いませんが、きっとそれが一番「利く」と知っていて、私にその必要性について理解しなさいと、そう言いたいのです。


 …でも。
(……息苦しいんですもの…)


 これをくださる時、雪さんがとっても丁寧に私のボディサイズを測ってくださいましたし、着け方もちゃんと教えてくれました……ですから、苦しい…というのは確かに「ただ着け慣れていないから」に過ぎません。

 分かってるんです。
 私の、ワガママです……


 島さんは、一度言ったらしつこく繰り返すことはなさいません。押し問答はしない、強要もしない、君はきっと分かってくれるよね。…最後にはそういつも言うんです。
 困ったようにテーブルから視線を逸らしている島さんを見ていて、私も溜め息を吐きました。
 とにかく、慣れなさい、と。
……それは譲れないことなのですね……? 島さん。


「……分かりました。…頑張ります」
「ああ。…ち…地球の重力も、侮るとあとが怖いからね」
「…………重力?」
「いや、そ…それはまあ、いいよ」
とにかく、よろしく頼む。

よろしく頼む。
彼にそうまで言われたら、嫌です、とは言えません…
私は仕方なく下着を持って2階へ上がりました。 



 実は、私は普段… 下着そのものを着けません。上も下も、です。
………嫌いなんです。

 靴も、嫌いなんですけれど…それは外へ出るときに忘れさえしなければいいので、最近は玄関と縁側には必ず用意するようにしています。

 でも、下着は……。
 家の中にいるのに、寝る時以外はずっと、着けていなくてはならないなんて……。

 


          *            *          *

 


「え… それ、マズイだろ?!」
「…だよな…やっぱり。でもさ、…嫌いだっていう物を…強要したくはないんだよなぁ…」
「はあ?!兄貴、頭どうかしてんじゃねーのか!!」
頬を真っ赤にして怒鳴ってるのは次郎である… 

 それが、大介の態度を一変させたちょっと前の出来事だ。

「…あ〜…まったく… のほほんとしちゃって! 俺だったら自分のカノジョがノーブラノーパンなんて、ぜってー許せねえよ!」
「………声がでかい」

 しかも…そういう言い方、お願いだからしないでくれる?

「下着をさ、その、着ける必然性とか、説明するのは案外大変…」
「バカ兄貴!!」


 次郎〜、お前なあ…。 兄ちゃんにいつからそんな口利くようになったんだぁ……? 

 ちょっと額に青筋。
ところが次郎の方も、額の青筋がぶち切れんばかりの勢いで怒っている…

 
「地球の重力を侮っちゃだめだよ、とか、言い方なんか色々あるだろ!!俺が言いたいのはなあ!!」
 次郎はそこで情け無い顔をすると、思いっきり深呼吸して、がはー、と吐き出した。
「しっ…思春期の弟がいるんだからなッ!!……解れよッ!!」
「……おい」
「とーさんもオレも、テ、テレサが薄着してると目のやり場に困るんだってば!!!かーさんは無頓着だし!!!」
 兄ちゃんが「着けろ」って言わなきゃ、誰が言うんだよお!!



がーん……がーん……がーん……がーん


果てしなくエコーのかかった「衝撃音」を頭の周囲に響かせて、大介は堅く決意した。

いかん。早急に、テレサにブラジャーさせなくちゃ!!!

 


           *          *          *

 



2階の寝室で、溜め息を吐き吐き、私はワンピースを脱ぎました。

 保温のため… とも思えない。

 見えない場所にお花の刺繍があっても、見てくれる人はいないし私自身も見ることは出来ないわ。
 身体の補正のためよ、と雪さんは言っていらしたけど、補正…って。

 確かに、掌で乳房を持ち上げてぱっと放すと、たゆん、と揺れて落ちる感じはします。
(地球の重力、って…このことかしら)
でも、それが、どう問題なのでしょう…?


 ともかく、ブラジャーを、雪さんに教えていた通りにベッドの上に裏返しに広げて整えました。左右のストラップを確認して、慎重に腕を通します。
 捩じれたまま着けてしまうと、それこそ着け心地が悪い、なんてものじゃありませんから。

(……お母様がお着物を着せてくださった時。大昔の日本では、着物の下には何も着けなかったのだ、って言ってらしたわ。…どうして今はそれじゃいけないのかしら…)

 ああ、面倒くさい。…膨らみを全部奇麗にカップの中に収める、のだったわ。背中の方からもお肉を集めてね……、こう、真ん中へ寄せて… と、雪さんが言っていた通りにやろうとしますが、出来ているのかしら。

それに、私が一番苦手なのは……これです…。
(うーー、不器用な私には…… これは……)
背中で、手探りで、二段になっている左右のホックをはめる、それが。
ああんもう………
(駄目。……手伝ってもらわないと)

数分格闘して、情け無いため息を吐いたところに、部屋のドアをノックする音がしました。

 


         *          *          *

 



「もういい?ちゃんと着けた?」
ブラジャーをちゃんと着けるのに時間がかかる、…だなんて、小学生じゃあるまいし。あんまり考えたくないけど。

 そう思いながら、大介は一応ノックしてみた、わけである。
「はあい…」
 返事があったので、ドアを開けると。
「……テ」


 ベッドに腰かけて、情け無く愛想笑いをしているテレサは雪からもらったピンクのショーツだけを身に着けていて、…両手でブラジャーの胸元を押えていた、「…後ろを止めるの、…手伝ってくださいますか?」と小声で言いながら。

「………………」


 これなんだよ……。

 この、天然ボケ…というか、これで「狙ってるわけじゃない」、という……究極の無防備さが。

 君の魅力でもあり、……欠点でもあるんだ……



 心を鬼にせねば、このヤマトいち優秀と言われる鉄壁の自制心と理性の砦までも、ガラガラと崩されそうである。
 下着を着けて来なさいと言った手前、その自分がここでその下着を外すだなんて理不尽な行動をとれるわけもなく。
 それを知ってか知らずか、ブラのホックを止めるの手伝って、だなんてベッドの上で甘えた声を出す君の天然ぶりは罪、だとさえ思え……


「……うん」
 君が前で押えているピンクの花柄の刺繍のブラジャー(後ろ半分には刺繍がない)の、背中側にぷらんと垂れ下がっている部分を両手に持って。2段構えのホックを、止めてやる。


 ………色即是空。

 ………心頭滅却すればヒモマタスズシ… し…白い背中とうなじが…

 い…いかんいかん!

 

 ——よし。やり遂げた——!!えらいゾ、オレ!


と思った瞬間。

「ああ、よかった!できました!…ありがとう、島さん」
 嬉しそうに振り向いた君の、あまりの眩しさに目が眩む。ピンクの下着に、白い肌……かの女神の、あり得ない異星間折衷美…… その上…し……下乳が…

「し……したのほう…ちょっとはみでてるよ……」
 声がひっくり返っているのに気がついたが、どうにもならん。

「えっ…… あっ」
 頬を染めて、彼女は慌てて下の方を思い切り引っ張った…… その拍子に、今度は上からポロンと紅色の蕾が……
「きゃあ」

 

 



 次郎。

 そうだな。

 ……思春期の弟と、オヤジがいるんだもんな。

 普段からこんなじゃ、……精神衛生上、よろしくないよな。

 お前の言うことは、最もだよ………


 これは—— 彼女を訓練、せねばならん。一人で…アレを、ちゃんと着けられるようにする、…訓練を。

 しかし、新人乗組員の誰に対しても抱かなかったような恐るべき危機感を、大介は覚えた…… 上官にあるまじき焦燥と、自信を喪失せんばかりの動揺。

(こ…これを、涼しい顔で訓練し続けられるのだろうか?オレ…??)ごくり。

 

 




                              <ここでおしまい。>
*****************************************

 

 


ん?
ここでおしまい、ですよ?
何?
続きを読ませろ?
…やなこった(おい!!)←ムカツク〜〜〜〜〜(^^;#)

笑。



今回は、どちらかと言うと男性読者が喜びそーな内容でしたね。
おなじみ、「けしからんお話」その3です。ええと、某Aさま命名によるところの、「オトナほのぼの」でしょうか。

はあ(溜め息)……w

 我がサイトのテレサは、天然ボケじゃない…と自分で言い張ってみたはいいけどね。この、天然なテレサ、っていうのは、題材としては非常に美味しいですね(何を今さら!!)。というか、この天然ぶりに翻弄される島、って言う図が美味しいんだろ、って自分に突っ込んでみる。
ハイ。そのとーりです。言い訳はしません。

そして… 
この話のオチが、これだって事なんかも。
口が裂けても言うつもりはなかったんです…………笑。 ↓



雪「島く〜ん!テレサ、例のアレ、ちゃんと使ってくれてる?」

島「え…?ああ、……うん…」

雪「良かった♪…なにボ〜〜ッとしてるの?で、あたし上下で3セットくらいあげたんだけど、どれが一番好きって言ってた?彼女」

島「え…?ええっと…」

雪「ピンクの?ブルーの?それとも白いの?」

島「いや… テ……だって…」

雪「は?…テ?」

島「…………(手…)俺の…」

雪「………ご馳走さま」

島「……あっ、あっ?ユキ!!い今のは、うっかり口がすべっ!!」

古代「航海長も人の子、ってことだな、ふふふっ」


*****************************************
戻る