RESOLUTION ll 第2章(1)

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 …こんな時でなけりゃ。

 パネルスクリーンに映る憧れのパイロットを見上げながら、小林は両の奥歯をまたギシリと食いしばった。


 小林淳の誕生日は、10月9日である……
 その日が何の日かは、物心ついた時から嫌というほど聞かされてきた。
 『宇宙戦艦ヤマトが初めて地球を発進した日』。

 あの日、人類初の光速を越えたあの船を操縦していた島大介その人が、科学局のコマンダーとして今、自分の真上のスクリーンに映っている。実は、これほど間近で彼を見るのは初めてだった。


(…こんな時でなけりゃ…、俺)
 あなたに聞きたいことが、山ほど…あるんですよ。



 険しい眼差しで、背後の艦長席の古代進と会話を交わす島大介を見上げながら、小林は改めて操縦桿をぐいと握りしめた。

 自分は天才だ。
 それは誰もが認める事実だったし、自分でも恥ずかし気もなく言ってしまえる一言だ……  チャリンコから超弩級宇宙戦艦まで、俺に操縦できないモンはない。そう豪語出来るだけの実力を、小林は持っている。
 だが、あの島大介の前ではさすがにそんな大口は叩けなかった。……何となれば。

 アクエリアスで与えられた訓練のためのフライトシミュレーションを、自分は幾つか制覇し損ねている。義務付けられた訓練プログラムを未消化のまま出撃するだなんて、小林にとっては屈辱以外の何ものでもなかった。
 この天才の自分がこなし切れなかった、超難関訓練プログラム。それこそが、島大介のフライトデータを元に真田長官が作った、訓練用バトルシミュレーションである…。

 シミュに使われるのは初代ヤマトの操縦パネルに操縦桿、改造前のヤマトとそっくり同じ操縦席だった。だが、手を付けた途端、小林はたちまち思い知った。


「これを操って、18のあの人は29万6千光年を飛んだだと……そんな馬鹿な」


 通常航行ならどうということもないが、戦闘機動に移った途端の操作性の悪さ、不安定さは思わず癇癪を起こしそうになるほどだ。だが真田の曰く。「これでも訓練用に扱いやすく調整してある」のらしい。

 だとすれば。

 自分が「天才だ」というのは、多分にこの時代の「扱いやすく調整された機器のおかげ」ということになる。しかも、当時は操縦に必要な航路の観測についても、もちろんワープ計算や亜空間座標計算にしても、すべての機器がプロトタイプ同然だったはずである… なにしろ、異星人の設計図から創り上げた、未知のエンジンで未踏査の宇宙空間を、完全に手探りで進んだのだ。
 当時の設備でイスカンダルへ行けと言われたら、自分も、それにここでスタンバる全員も、きっと半分も進まないうちに神経症になっちまうに違いない。その上、予告もなくそして容赦なく襲いかかる、圧倒的力量を持つ
敵艦隊…。少なくともイスカンダルへの往路14万8千光年は、当時のクルーたちにとって地獄以上の地獄だったろう、と小林でさえ思う。

 その中で、一度も倒れることなく音を上げることもなく。
 古代や島や真田といったメインクルーは…やり遂げた。


 本当の天才は、あの人…あの人「たち」だ。


 実力を鼻にかけ、横柄な態度を取ってきた自分に、少し恥じ入る。古代さん、島さん、そしてあの真田長官がいれば、ヤマトはきっと成功する。

 


 こんな時でなけりゃ…… 俺。
 もっとずっと、嬉しいだろうにな……。


 再びそう思い……握りしめた操縦桿に、ゆっくりと目を落した。焦れったい。…俺自身で飛び出して言って、生存者の捜索に手を貸したい。だが、緊急発進に備えるため自分はこの席から離れることは出来なかった。
 ふと視線を感じて顔を上げると、左で上条がこちらを見て何か言いたそうにしている。

「……ンだよ」
 何こっち見てんだよ、戦闘班長。
 小林がギロリと睨みをくれると、上条はそそくさとまた視線を前方の捜索空域に戻して、言訳がましくボソっと呟いた…… 

「……大丈夫だよ。きっと生存者はもっと沢山いるさ」
 何が言いてえんだ。
 そう言い返そうとして、小林は言葉に詰まる。

「…ワープで逃げた船もたくさんあったらしいし」上条はガラにもなく小林を励まそうとしているのだった。

 だが、二昼夜を過ぎても、緊急医療艇はまだ一隻も見つかっていない……残骸さえも。
 小林の兄が艇長を務める緊急医療艇1号艦<ホワイトガード>も、完全に消息不明だった。ともすれば折れそうになるだろう小林を、どうにかして励ましたい。上条の無愛想な横顔に思いがけずそんな気配を感じて、小林はグシッと拳で鼻をしごいた…

 ちきしょー。


 ——ゆっくりと飛散して行く明るい煙がまだ残る宙域に、小さな翼端灯が無数に煌めいている。各艦の出している救命艇が、生存者を医師たちの待つ護衛艦へとピストン輸送しているのだった。惨劇を目撃した数名の士官だけが、ヤマトの医務室で治療されていた。

 


「……古代艦長」
 大村が、躊躇いがちに呼び掛けた。艦橋中央で仁王立ちになっている古代は、厳しい表情で頭上のパネルを睨みつけたままだ。生存者の捜索と収容が、思うようにはかどらないためだった。
「……地球からの観測結果と、我々のレーダーでの探査結果がほぼ合致しました。……
計算上では戦域全体に残された生存者は、これですべて収容したことになります」
「しかし見つけたのは…まだたった62名ですよ、大村さん」
「………」
 言われて大村もそう思ったのだろう。そうですな、と溜め息を吐き。
「……島本部長、それから折原。もう一度宙域を丹念にスキャニングしてくれ」
「はい」「分かりました」
 次郎も折原も、同じ操作を繰り返す。
 質量計測を、数分かけて。

 だが、結果は同じだった。


 有人護衛艦に収容した生存者は、真田との協議の結果、一度地球まで連れ帰ることになった。大規模な殺戮が起きた道程である…安全確認をせぬまま彼ら一般市民たちをこれ以上危険と恐怖に晒すわけにはいかなかった。
 ヤマトはどうあってもこの先の航路がどうなっているのか、アマールの状況はどうなのか、かの星と交信が可能になるもう少し先の宙域まで急ぎ進まなくてはならない。だが、移民計画の次段階、さらに3億人を移送する第二次移民船団の出発は、今しばらく見合わせるべきだと、誰もが考え始めていた。

 ……そうしている間も刻々と時間は過ぎて行く。

「…事態は一刻を争います。古代艦長、我々はそろそろ出発しませんと」
 その大村の言葉に、古代が溜め息を吐きつつ頷きかけたときである——。
「……艦長っ」
 座席を蹴るようにして立ち上がった小林が、古代に向かって叫んだ…

「生存者はまだいるはずですッ…!捜索を打ち切るっていうんですか!!」



「小林…」
 上条が横から小声でそれをたしなめた。諦めろ、なんて言いたくはないが、仕方がなかった。
「艦長ッ!!」
「…小林。時間がないんだ。十分な捜索をしたとは確かに言い難い。だが、ヤマトはここで立ち往生しているわけにはいかんのだ」
 大村が割って入る。
 こうしている今も、カスケード・ブラックホールは毎秒2万5000キロという恐るべき速度で太陽系に接近しつつある。アマールまでの移民航路から敵を排除し、すべての地球市民たちを間に合うように逃がさねばならない。
 だが小林は引き下がろうとしなかった。

「俺は副長に聞いてんじゃねえ!艦長、古代さん!まだ生きてるかもしれない人がいるんだ。…置いて行くつもりかよ!?」
「やめろって…」
 上条が戦闘指揮席から立ち上がり、逆上している小林をなだめにかかる。「お前の気持ちは分かるけど…」
「うるせえ!!てめえに何が分かるってんだ!」


 古代は小林の様子を黙って見ていた。だが、やがて目を落すと、おもむろに艦内マイクを手に取った。

「…全艦に告ぐ。捜索はヒトフタマルマルを持って打ち切る。ヤマトはヒトフタニーマルにアマールヘ向けて予定通り出発する。…機関部、操縦班は出航準備にかかれ」
 次いで古代は戦闘レーダー席に座る桜井に視線を投げた。「桜井。通常運行に入る。小林と席を代われ」
「古代艦長!!」

 桜井も舌打ちして席を立った。
 小林!聞き分けろ…。犠牲者を置いて行くのは、誰だって辛いんだ…!


 艦橋キャノピーの横をゆっくり流れて行く靴。書類の束、服の切れ端に誰かの鞄…。そんなものを見ながら、形見の品のひとつすら回収できないという無念。もう少し粘れば、もう少し先に行けば…もしや見つかるのかもしれないのに、という未練。たとえ遺体でも……身体の一部でも……!

 桜井にだって、小林のその思いは痛い程よく理解できる。しかも血を分けた兄が行方不明ならば、その苦悩は察して余りある。
(だけど… お前はヤマトの操縦士じゃないか!)

 


 古代は艦長席に戻るとシートに深く沈み込んだ……
 腕を組み…目を閉じる。
 懇願するような小林の叫び声など耳に入らない、といった様子だった。

 小林が涙混じりの吠え声で古代をなじる。

「古代艦長!!あんた、…それでも人間か!」

 


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