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だが次の瞬間、小林の怒鳴り声についに我慢ならなくなった次郎が勢いよく席を立った。
「……小林、…ちょっと来い!」
「ああっ?!なんだてめえっ」
「うるせえ!来いって言ってんだ」
「なんだとこの野郎っ」
「……ああもうっ!!」
次郎に二の腕を掴まれて手負いの獣のように暴れる小林を、上条が横から抑え込んだ。2人がかりで、喚いて暴れるのを第一艦橋の外へ引きずり出す。
(……次郎くん…すまん)
その様子を目で追い、古代は改めて深い溜め息を吐いた。
艦長席横のオートドアに消える小林を見送り、真帆も哀しそうに呟く。
「……緊急医療艇も見つからないんですものね。…小林くんのお兄さんが乗ってたんでしょう?」
「うん」
木下がそれに答えるともなく相槌を打った。出航前に、しょげている小林に発破をかけて、どうにか元気づけられたように思ったが。この襲撃現場へ来てもやはり、お兄さんは見つからなかったわけである… あいつの荒れようは理解出来た。
「古代さん。なぜあいつにおっしゃらなかったんです?」
艦長席に歩み寄りながら大村がボソリと言う。
…古代さんの奥様も、ここで行方不明になっている、ってことを…?
「…今頃、次郎くんが小林に言ってくれていますよ…きっと」
次郎が何を考えて小林をここから引きずり出したのか、古代には手に取るように分かる…… なにせ、彼は島の弟なのだから。
「…………」
大村は微かに笑みを浮かべた古代を哀れむように見つめた。
犠牲者を放置して先を急ぐことを余儀なくされる場合がある。
大を生かして小を殺す選択をしなくてはならない時もある。
艦長として部下を率い、戦いの渦中に飛び込んだならば…それを黙って受容しなくてはならない場面は無数にあった——
……例え人でなしと罵られても、…である——。
(この数年の間に、俺は人としての感情を押し殺す術を身に着けてしまった。本当は…あの小林の姿は俺自身の心の姿だ。誰かを『人でなし』となじれたら、…犠牲になった人たちを置いて行くことを誰かのせいに出来たなら。…どれだけ、心が軽いだろう………)
古代は苦しい思いの中に、背後の頭上に掲げられているレリーフを感じた……振り返って見なくとも、沖田十三の遺影が常に自分に何かを問い掛けていることを彼は忘れていなかった。
兄さんを、どうして助けてくれなかったんですか!?
自分も息子を同じ戦いで亡くしたというのに、そんなことはおくびにも出さず自分に詫びた沖田さん。
指揮する者の辛さは、指揮する者として立って初めて、理解できる。俺のことを冷たい艦長だと小林は思うのだろうが、いつかきっとわかる時が来る…それまで俺は、あいつに詫び続けるしかないのだ、沖田さんが俺に対してそうしてくれたように……
(…そして、雪。この上君に俺を赦してくれと乞うのは、虫が良過ぎることかもしれないな)
本当は俺だって、飛び出して行って君を真っ先に探したい…!
でも……
今は、…どうしても先にやらなくちゃならないことがあるんだ。
すまない…… 雪…。
* * *
<…全艦隊に告ぐ。捜索はヒトフタマルマルを持って打ち切る。ヤマトはヒトフタニーマルにアマールヘ向けて予定通り出発する。…機関部、操縦班は出航準備にかかれ>
艦内放送の、その父親の声はなんだかとても悲しそうに聞こえた。
少なくとも、守にはそう思えた。
「打ち切りですか…」
頭に包帯を巻かれた生き残りの士官が、ベッドで唸った。
ここはヤマトの医務室である……
大勢の負傷者に相対するため、看護師たちのほとんどは武藤医師と共に救命艇で他の有人護衛艦へ向っていた。ここで手当てされているのは、このままヤマトでアマールへの旅を続けるとの意思を表明した士官が2名。その他の生き延びた60名の市民たちは、護衛艦隊が一度地球へ連れ帰ることに決まった。
「仕方ないよ。…あんたたちが助かっただけでも、奇跡みたいなもんなんだ」
佐々木美晴が士官に相槌を打つ。
彼女も昨日は艦載機隊に混じって被害宙域を飛び、生存者の捜索に加わっていた。
「…みんなの仇はかならず打ちますよ…このままおめおめ帰れると思いますか…!」
しかし、そう声を上荒げた士官は傷の痛みに「うう」と身体を縮めた。
「無理はしないこと。いいですか。ぐっすり休んでとっとと傷を直して、戦列復帰しなさい」
ぴしゃりとそう言うと、美晴はベッドサイドから立ち上がる。…と、医務室の入口で、じっとこちらを見ている守と目が合った。
「…どうした守?なんだい、ビビってんのかい?」
一昨日、あの士官が運び込まれてきたときは、守もちょっと怖いと思った。血だらけで、すごい顔で、叫んでいたからだ。
「……ううん」
けど。ビビってるか、って聞かれて、うん、なんて答えるもんか。
床が負傷者の血や内臓で滑るのを防ぐため、医務室の隅にはいつも砂袋が3つほど置いてある。守はその存在だって知っていた。激しい戦闘が起きれば、あの砂と血とでこの部屋の床もすごいことになる。それを想像したら、一人や二人の血だらけの怪我人なんて、どうってこと、ない……
それでも、呻きながら無念に歯噛みしている士官をあまり見ないようにして、守は小声で訊いた。
「……あの人たちは、地球へは戻らないの?」
「…軍人だからね」
戻らない、んじゃなくて、「戻れない」んだよ。
「…いや…戻るわけに行かない、…かな」
美晴は守の背中を押して、医務室から出た。
父の古代進は、ずっと第一艦橋である。ワープを終えて、この場所へ来て。それから捜索が始まって2昼夜、険しい声がずっと艦内放送のスピーカーから聞こえていた…… 守の所へは、一度も来ていない。
だが、寂しい、とは思わなかった。
捜索。
お母さんのことも、探してくれているんだ、と思ったからだ。
「あーあ…」
美晴は大きく伸びをする。
彼女としては、ヤマトで第一次移民船団の会敵宙域に入ったときから「戦闘」を期待していたのだった。だが、結局”敵”の姿はどこにも見当たらず、生存者の捜索と負傷者の手当てに2昼夜費やしただけに終わった。あの“古代進”の戦闘指揮の腕前をトクと拝見してやろうと思っていたのが、見事に拍子抜け。かと思えば意外なほど情の深い、念入りな生存者捜索命令。……普通、こんな現場を見ちゃったら、あんなに時間かけて捜索しないよな。どう見てもほぼ絶望的だ、ってわかるじゃん。
(まあ、おかげで60人も救助できたんだ。拍手拍手、ってところだよね)
だが、黙っている守を見て「しまったな」と顔をしかめる。鼻で小さく溜め息。ほらほら、お腹空いたろ。お昼ご飯食べよう…?
守の背中をまた押して、通路の向こうの食堂へと歩いた。
「…美晴先生」
ふいに守が並んで歩く美晴の腕を掴んだ。「…お母さんは、…見つかったのかな」
「あ、あー……」
答えようがない。
見つかっていれば、艦内放送の古代の声があんなに悲しそうなわけがなかった。
「…ほら、あれだよ、武藤先生たちが連れて帰って来るかもしれないよ?60人いるんだしね、生存者」
「…だからそれは、軍人じゃない人たちだろ?」
「あー、うん…」
チビッコだと思って、でまかせを言ってみたが通じない。美晴は目だけで「参ったなあ」と天を仰ぐ。
艦長…… あたし、泣きそうなガキンチョの面倒見るの、一番苦手なんですけど〜…。
「まあ、何にしろ腹ごしらえが先だよ」
そう言って、美晴は有無を言わせず守を食堂の隅に座らせた。給仕マシンの吐き出すCランチを2つ、トレイに持って振り返る。
守は泣きそうな顔でテーブルに頬杖を付いていた。…まあ、あの辛抱強さはさすがに艦長の息子だね……聞き分けだけはいい。この上泣き喚かれたりしたら、あたし、お手上げだもんな…。
「…腹が減っては戦はできん、と」
ほら。食べな、と美晴は守の目の前にトレイを置いた。
オレンジジュースで良いよね?
守はハンバーガーを両手に持つと、渋々頬張り始めた…… だが、途端に顔が歪む。
「………」
ばくん。…お母さん。
もぐっ。………お母さん…
今夜もごめんね、ご飯、これでいい?
病院のお仕事、なかなか終わらなくって。…買って来ちゃった。
そう言って、守の好きなハンバーガーショップの袋を後ろから出して見せたお母さんを思い出した。
晩ご飯、またそれ?
…でもいいや、美味しいもん。
ごめんね、次はちゃんとお料理するから。ね、何が食べたい…?
(……お母さん、お母さん…)
まだ小さい妹の美雪と一緒に、母と3人で笑いながらハンバーガーを齧った、保育園の帰り道。エア・カーの中で、ああこら、こぼさないでよ〜、…と言いながら運転するお母さん。お父さんがいたら、ハンバーガーなんて怒られちゃうわね、と片目をつぶってぺろっと舌を出したお母さん。
美晴は守の対面の席に着いて、同じようにハンバーガーを一口齧る。
「……ねえ? …泣くのか食うのか、どっちかにすれば?」
守が目を上げると、白衣の美晴が苦笑していた。病院の帰り、保育園に迎えに来たお母さんも、同じような白衣を着ていたっけ……。
「……う……えっ…」
ハンバーガーをトレイに置いて。
守は歯の間から泣き声を漏らした。
「よしよし。…あんた、……偉いよ」
美晴は、声を殺してしゃくりあげる守の、頭を「ぽん」と撫でる。
参ったね、降参。
艦長に守。アンタたちったら。…なんてぇ親子だろ……。
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