RESOLUTION ll 第2章(3)

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「…艦長ってのは、辛い商売だねえ。普通だったら自分の嫁さん、行方不明になってる、息子も一緒に現場に来てる。…自分が真っ先に探しに行きたいだろうに、艦長はずうっと我慢してるんだから」
 半分独り言のように、美晴は言った。
「…当たり前の人間なら、飛び出して行くだろうねえ。あんな声で、捜索打ち切り、だなんて。普通は言えないよ…」
 そして、目の前で泣いている、まだたった10歳の彼の息子。
「……守? あんたもすごい、と思うよ…あたしは」



 お父さん、お母さんを諦めるの?
 どうして捜索を打ち切るの?
 お母さんを、……置いて行くの?!

 そう父親を問い詰めたいだろうに。…あんたって子は。



 両手の拳を膝に、守はいよいよ泣き出した。食いしばっている歯の間から、嗚咽と涙がこぼれて落ちる。
 食堂にいる他のクルーたちも、守のことは知っていた。小さくてもあの子は艦長の息子。だから、ここで守がしゃくり上げていてもその場しのぎの慰めなど、誰も言わない……。宥めているのが男勝りの女医の美晴だけ、というのもなんだかチグハグな光景だったが。

 先刻からずっと厨房から様子を窺っていたのか、コック長が躊躇いがちに2人のテーブルの傍にやってきた。
「……守くん。…食べられるかい」
 守の目の前に、ガラスの小皿を一つ、ことんと置く。バニラアイスクリームにチョコレートのトッピング、生クリームにスプレーチョコが散らしてある………
 美晴は目を丸くした。
「……オヤジさん、なにこれ」
「…チョコレートパフェだろどう見ても」
「こんなのメニューにないじゃん」
「今作った。幕ノ内スペシャルパフェだ」

 ——頑張れ。

 まだたった10歳だ。もう充分頑張ってるだろうから、おじさんもそれは言わない。甘いもん食べて、元気出せ。な?

 守はしゃくり上げながらちょっぴり目を開けて、パフェを見た。

 パフェの向こうには美晴が、…普段は無愛想なサングラスのコック長が、…そして向こうのテーブルにいるクルーたちも。…みんな心配そうに自分を見ている。
「…食べないんなら、あたしが食べちゃうよ?」
 美晴が笑った。
「…駄目…あげない」

 ハンバーガーも、パフェもみんな食べる。食べて、頑張る。
 みんなに支えてもらっている。そう思うと少し、涙が晴れた……
 涙が混じって、ハンバーガーもパフェも、ちょっと塩っぱかったけれど。



 ——と、そこへ耳障りなキャタピラー音がやって来た。アナライザーだ。

「守クン、ココニイタンデスカ!」
 探シチャイマシタヨ、モウ……、と赤いロボットは美晴に向かって文句を垂れた。
「悪かったね。アンタこそ、どこ行ってたのさ」 
 美晴がアナライザーに言い返す。このロボットときたら、べったり守にくっ付いてると思えば時々ECIだの通信室だのへ勝手に姿を消すのである。
「私ハ科学局ノ島サンカラ、大事ナ連絡係ヲ仰セツカッテイルノデス!…ソウソウ、ソノ島サンカラ通信ガ入ッテマス。守クン、スグニ通信室ヘ来テクダサイ!」
「島さんから?…地球から、ってこと?」
「ソウデス」
「……行きな!ハンバーガー、持ってけ」

 美晴は急いで食べかけのハンバーガーを包み紙に戻し、守の手に持たせる。守はちょっと待ってと言いながら、慌ててパフェをかき込んだ…これは、持って行けないから。
「早ク早ク」
「こら待て!幕さんにお礼言って行きな!」
 チョコをほっぺたに付けたまま、アナライザーと一緒に食堂を飛び出そうとする守に美晴が怒鳴った。「ありがとっ!!ご馳走さまぁッ」

 ……屈託のない声が、戻っていた。
 

「…もう一人の親父さんから連絡か」
「そうみたい」
 美晴とコック長の幕ノ内は顔を見合わせ、思わず笑った。

 


           *          *          *

 


 通信室へ入る手前の通路で、守はもう一度ぐいっと目尻に残った涙を拭う。父に泣き言を言いたくないのと同様、地球で待つ島のことも心配させたくなかったからだ。


<……守>
「島さん!」
 小さなモニタ画面に、島大介の心配そうな顔が映っていた。
<守、大丈夫か?…生存者の捜索は打ち切ったらしいな。…さっき、古代からそう連絡があった>
「…うん」

 大介は、ここまで何度か守宛にプライベートな通信をこうして寄越していた。古代はヤマトの艦長であり艦隊司令でもあるから、息子をかまう時間はないだろう。だからたとえ数分でも、通信を介して自分がその役目を果たそう、と彼は考えているようだった。守にとっても大介からの通信は、今自分がこのヤマトの中でどうすれば良いのかを教えてくれる、最大の情報源なのだ。


<……お母さんは…。サラトガは、結局見つからなかったんだな?>
「うん…。仕方がないよ」
 言いにくそうにそう尋ねた彼に、精一杯、強がってみせる。さっきまで泣いていた、なんて島さんには分からないように。だが、大介はそんな守を見て苦笑した。
<テレサとみゆきのテレパスのおかげで、映像がとってもクリアだ。…お前の目が赤いのもちゃんと分かるぞ>
 チェ、なんだ…と守は舌を出す。
 だが、次の大介の言葉に耳を疑った……
<守。…ヤマトのレーダーでは捕え切れなかったと思うが、お母さんの艦
サラトガは無事なんだ>

「えっ……」

 明確な銀河座標が出ているわけじゃない。だが、みゆきのテレパスが、雪の消息を感じている。

「…ほ…ほんと?!」
<ああ>
「お父さんは知ってるの?!」
<…ああ、さっき伝えたよ>

 だが、それが手放しで喜べる内容ではない、ということも。

 古代雪の生存については、みゆきがそう感じている、というだけの根拠しかなかった。 どの位置にいるか、どこに向かっているのか。明確な居場所はみゆきにも分からない、というのだった。
<…お父さんも、本当ならすぐにでも探しに行きたいだろうと思う。…でも、分かるな?ヤマトの使命はまず、アマールまでの航路にいる敵を排除することだ。そして、移民船団の生き残りを見つけて救助する。…その後になってしまうが、俺たちはかならず、お母さんを見つけるよ>

 だから、気を落すな。
 ……いいか。

「……わかった」
<みゆきの言う所によると、雪だけじゃなく、ずいぶん大勢の人たちが生きているらしいんだ。……根拠も何もないからデータも作れないし、表立っての通信でこれを伝えるわけにはいかないが、お前には教えておこうと思ってな>
「…ありがとう、島さん!」
 いや、と大介は笑う。
<お父さん、お前をかまえなくてきっと辛いだろうと思うんだ。だから…お前の方から笑顔を見せてやれよ。な?>
「…うん!」

 よし。
 守の笑顔を確認してから、大介は頷いて他に何か付け足しておくことがないか…と急いで思案した。プライベートな通信である。それほど長時間は接続していられないのだ。

<……良く眠れているか?>
「…そうでもない」
<睡眠は大事だぞ。ことに今、大人たちは不眠不休で動いてる… お前は眠れる時には寝ておけ。一度戦闘が始まったら、3日間くらいぶっ続けで満足に眠れない状態になる。…その時、みんなを助けてやってくれ。いいかい>
「……はい」

 10歳の守が、本気で「大人たち」それも「訓練された軍人たち」を助けてやれる、だなどとは大介も思ってはいないに違いない……だが、そう言ってもらえることが、守にはことの外嬉しかった。美晴や武藤も「寝なさい」と当たり前のように言うが、大人たちだけでなく守も、感情が昂っていて今までろくに眠れなかったのだ。
 だが、大介に何のために寝ておいた方が良いのか、と諭された途端、守は自分が信じられないくらい疲れているのを感じた………

「…わかった。寝ておくよ」
<それがいい>



 地球時間、1220——

 第一次移民船団が壊滅的打撃を受けた宙域を、ヤマトは出発した。
 護衛艦隊112のうち、有人艦3、および付随する無人機動艦15隻以外は、負傷者を収容し一度地球へ戻ることになった。
 18隻の艦を率いて、ヤマトは一路アマールへ向かう。

 かの星までは、あと7千光年あまり。

 


 守は自室へふらりと戻ると、ベッドに倒れ込んだ。

「……守?」
 先に医務室に戻っていた美晴が首を傾げた。通信室から戻った守が無言で部屋を横切り、仕切りの向こうの自分のベッドに倒れ込むのを見たからだ。

「…どうした? 科学局の島さん、なんて言ってた…?」
「…うん……」
 カーテンの向こうからは、眠そうな生返事。
「……?」
 美晴が立って行って覗き込むと。
 守はすでに、こてんと眠りに落ちていたのだった。

 


 ——そしてその夜。

 守は、不思議な夢を見た——

 


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