RESOLUTION ll 第2章(4)

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 ……お願い。
 …僕を、みんなの所へ帰してよ……!

 守は、遥か頭上に見える誰かに懇願していた。

 幾つもの大きな目が、こちらを見下ろして何か言っている。ふと気がつけば守の周囲には鉄格子のようなものがあり、閉じ込められているのだと感じた。
 鉄格子を掴んで、もう一度叫ぶ。
「…ここから出して!お父さんとお母さん、…みんなの所へ帰して!」

 ふと背筋に冷たいものを感じて振り向いた。
 背後に、何かがある。…積み上がっている。

(……し…死体?)

 自分と同じくらいの年齢の子どもの身体が、床の上に積み上げられていた。我知らず鉄格子にしがみつく。だが目だけはその死体の山から逸らせない。
 子どもの顔に、否応無く目が行く………

 うわああああっっ…!!

 思わず叫んだ。
 その死体の顔は…… すべて。


 ——自分と同じ顔をしていた。

 


          
*          *          *

 



 ——ヤマトが再び発進してから、数時間が経っていた。

 地球からの距離は、約2万2千光年。


 巨大移民船2800隻、護衛艦180隻あまりが犠牲になったかの宙域には、驚いたことに周囲10万光年四方に渡ってハニカム構造のサーチネットセンサーが張り巡らされていた。
 このサーチネットの存在は、犠牲者の捜索活動の傍ら折原真帆が偶然発見したのだが、どう考えても「この宙域を通過する地球の船団を待ち伏せしていた」としか思えない様相だった。
 あとから現場に到着したヤマトと地球護衛艦隊がそのサーチネットに引っかからなかった理由は単純だ。現場の宙域に拡散された、無数の第一次移民船団の残骸——そのおかげで反応がかく乱され、サーチネットはその機能を果たさなくなっていたのだ。生存者の捜索中に新たな敵の襲撃がなかったのは、単にそれだけのことだと推測された。

 だが。

 それにしても、そのサーチネットは至極妙だった。

 折原曰く。
「とっても杜撰」なのである。

 数宇宙キロにひとつ、ふたつ、と設置された小型の反応器から出される電波が、例えれば野鳥を捕らえるための「かすみ網」のようにその宙域に張り巡らされているわけだが、その状態をよく見ると「穴だらけ」なのだった。
 移民船の一隻の大きさが、まるでオーストラリアの巨岩<エアーズ・ロック>ほどもあるので、さすがにそれが3000隻も通れば引っかかる、のは仕方がないにしても。
 例えばヤマト程度の戦艦ならば、難なく隙間を通り抜けられる程度の密度でしか、ネットが張られていないのである。



「……元々は、もっとちゃんとしたサーチネットだったんだと思うんですけど…」
 解析しながら、真帆は首を傾げた。
 どの宇宙国家が設置したものかは分かりませんが、何かを待ち伏せするために張ったであろうサーチネットがどうしてこんなに杜撰なのか、理解に苦しみます。まったく整備されていない…という印象を受けるんです。

 次郎も同様に首を傾げていた。
「自分にも理解出来ませんね…いい加減過ぎる」
「それに、敵の編成もです」上条が同意し、言い添えた。
 ——例の、4種類の異なる宇宙国家の連合軍…。

 作戦室の床面に拡がるサーチネットの模型図、そして残された敵艦の残骸から割り出された4種類の艦のフォルムと異星人たちの遺体のホログラム映像。
 足元から照りつける、LEDグリーンの分析光に照らされた古代の目元がピクリと引き攣った。
「……敵は4ヶ国からなる連合軍、だったのだと考えられます。ですが目撃証言などから考えると、物量は多くても全体の指揮系統はひどく混乱していたと」
「…混乱している?」
 もっと分かり易く言ってくれ、とばかりに大村が上条に問い返した。

「つまり」次郎が引き継いで足元のパネルを切り換える。「4種類の軍隊の連携が、まるでなっていなかった…ということなんです。てんでばらばらに攻撃を仕掛けてきた感がある。そして撤退するときも同じ、てんでに引き上げている。辛うじて全体に命令を下していたのが一番戦艦の数が多かった軍だと言うことは分かりましたが……」

 僕は過去の宇宙戦に出たことがありませんから、比較のしようがありませんが、と次郎は続けた。

「僕のような戦闘の素人でも感じます。一つ一つの軍隊は統制が取れていますが、4ヶ国連合軍としてはお粗末な動きしかしていない。かつて相対した異星人の敵艦隊も、こんないい加減な動きをしてたんでしょうか?」
「……いや」
 古代がすかさず首を振った。
「……ガミラス艦隊、ガトランティス艦隊の攻撃陣形の精度の高さ、襲撃速度は恐ろしいほどのものだった。一糸乱れぬ攻撃態勢は敵とは言え見事でさえあった」
 徳川太助が「そうですね」と相槌を打つ。「僕はデザリアムとディンギル、ボラーの3国しか知りませんが、残された映像を見た限りでは、今回の敵はそのどれよりもいい加減な動きをしている。…数の多さだけは断トツですから、物量に押されたと考えるしかありませんが」
 太助はそこで言い淀んだ。ブルーノアの率いた地球艦隊がそれに負けた…ということへの配慮もしなくてはならない、と思い至ったようだ。

 大村が思い出したように付け加える。
「……フロントライン(最前線)の動きがお粗末なのは、総大将がお粗末だからに他なりません。褒めるわけじゃないが、ガミラスとガトランティスは敵の大将も大したヤツだった」
 それを聞いて古代が目を瞬いた。
 ここに居るメンバーの中で、過去の宇宙戦に参加しているのは、自分と徳川と大村だけである。ガトランティスのことは知らないが、確かにデスラーは、用兵家としては超一流…大したヤツには違いなかった。
「杜撰な戦いぶりを見せる相手に、臆することはありませんよ」
 大村はそう言って笑顔を見せたが、だからといって大船に乗ったつもりで、という訳には行かない。
「大村さんの言い分は一理あるな。…だが、罠という可能性も捨て切れない。油断しないに越したことはない」

 少なくとも巨大な移民船は、ここに張られているサーチネットに接触せずに通過することはできない。かといって、迂回させるとしても10万光年の範囲である……移民船のエンジンでは、そんなロングワープは不可能だった。今後ここを通らねばならない第二次移民船団は、どうやって進めば良いのか。


「それに付いては、心配ありません」
 てんでに疑問を口にし出した皆に、真帆が一言、言い放った。
「付近にある中規模のブラックホールを利用すれば、移民船でもロングワープが可能と思われます」

 ブラックホールの吸い込む力を利用して、フライバイで加速しワープドライブに入れば、移民船のエンジンでも計算上は長距離ワープが可能です。
「そんなの危険じゃないか?」上条がブスッとしてそう言った。「ブラックホールに引っ張り込まれたらそこでおしまいじゃないか」
「…いや、僕は可能だと思うな。いいアイデアだよ」と桜井が反論。
「安全性は97%よ。モデルシミュレーション、見る?」
 冷静な声で真帆にそう言われ、上条は「ああ、そう」と引き下がった。
 そういう計算をさせたら真田の愛弟子・真帆の右に出るものはいなさそうだったからだ。
「…ただ、ワープした先が本当に安全であれば、の話ですけど…」

 真帆の付け足した一言に、皆黙る。


 地球がカスケードブラックホールに飲み込まれるまで、あと40日程度……… 

 現在地球では、第一次船団壊滅の報を受けても避難計画を中断するわけにはいかず、暫定的処置としてありったけの移民船に市民たちを乗せ地球大気圏外への退避を行なっている。だが、このままアマールまでの道程に完全なる安全を見なければ、地球人類は移民船に乗ったまま、永久に宇宙を彷徨うしかなくなってしまう……


「それから…、最大の疑問は、これです」
 皆の沈黙を破るように、次郎が再び床の画像を切り換えた。
 映し出されたのは、紫色に煌めく結晶。
「この形状の赤い戦艦内部にあった有機物と言えば、すべてがこれでした」
 
 …異星人、だとしても。
 ヒューマノイドではない——

「科学局から送られてきた映像ですが…、これは…宇宙生命体らしいんです」
 古代だけでなく、<沙羅>でその戦艦5隻の襲撃を受けた記憶を持つ乗組員たちは、皆一様に毒気を抜かれたような顔をした。


「…こんな…ものが?」


 紫色の美しい結晶は、一つ一つは非常に小さく攻撃的意識など持たない無垢な宇宙生命体だった。裸殻翼足類・ハダカカメガイ科…クリオネに似た、小さな小鳥か天使のようにも見える、奇麗な生き物。それは、ゆっくりと翼を閉じたり開いたりしていた。
「こんなものが…… 俺たちを襲ったのか?」
「……わからん」


 理解不能だった。
 真田や分析を担った佐渡によれば、この生命体には明確な意志はなく、知能もさほど高いとは思えないということだった。
 まったりと、見ようによっては可愛らしい動きをする小さな宇宙生物。
 まして、これが寄り集まって戦艦を操り、あまつさえ4ヶ国連合軍のうちの一つを形成していたと考えるのはあまりに荒唐無稽だった。
 


「…バラノドン」
 古代がふと呟いた。……イスカンダルまでの道程で出くわした、バラン星の現住生物である。攻撃の意志などない宇宙生物。ただし、個体同士が結び付くと凶暴且つ攻撃的になる…というその特性を利用し、ガミラス軍が兵器として飼いならしていたことがあったのだ。だが、その呟きを聞きつけた次郎が「いいえ」と首を振った。
「それについては真田長官からも聞きました。…ですが、この小さな個体がバラノドンのように操られていたと言う痕跡はないそうです。…それから…」
 最後に次郎が投影したのは、この生物を積んでいた戦艦の内部や外壁装甲に刻まれた文字だった。
「この文字です」

 SUS——
 サイラム恒星系言語、アマールでも使われるこのスクリプト…

「僕はアマールの言葉を習得していますが、桜井もある程度読めます。この3つの文字は、桜井の言う通り『SUS』という英文字に置き換えられる。この赤い銃眼を持つ戦艦の外壁にはどれも、この文字が刻まれている」
「…じゃあ、こいつらはアマールの」
「いえ。よく似てはいますが、違うものです」

 もしもこれがアマールのものだとしたら、アマールは我々を招いておいて虐殺した、と…そういうことになってしまう。その可能性をまったく考えなかった次郎ではないが、だとしたら3億の地球市民を死に追いやったのはこの自分にほかならない。イリヤの態度から真意を計り損ねた惑星外交官としての自分のミス、とは思いたくなかった。

「……こちらがアマールの文字です」
 Sと、Uの文字を比較のために並べてみせる。
「形が違う」
 古代と大村がほぼ同時に呟いた。
 そうです、と次郎は頷いた……「赤い戦艦に刻まれている文字は、現在のサイラム恒星圏の文字よりずっと、古い」


 例えて言えば。
 現在のアルファベットと古代ギリシア文字、ほどの時の隔たりがある。


「……どういうことなんだ」
「…わかりませんが」

 次郎が次々に投影してみせる赤い戦艦内部の新しい映像に、皆が押し黙った。
「4ヶ国連合軍の、SUS以外の戦艦との兵装の比較を見ても同じことが言えるんです。……見てください。SUSの戦艦は設備も兵器も、かなり時代が古い。言ってみれば、他の3軍と違って一つだけ、旧式なんです」

「……わかったわ!」
 急に真帆が声を上げた。
「艦長!あのサーチネットの杜撰さ……。あれは、あの設備がSUSのものだからなのではないでしょうか?杜撰なのではなくて、旧式だからなんです!」

 おかしいのは、その最も旧式な兵装のSUSが、あの4ヶ国連合軍の中でもっとも数が多く、あまつさえ他の3ヶ国軍を圧倒し統制しているようにも見えたことである——。



「……私には、どうもわかりませんな」
 ロートルは頭が固くていけません、と首を振り振り、大村がゆっくり腕組みをする……あのサーチネットを設置したのがSUSだとして、じゃあ一体それは何のために…?


 古代は新たに意を決し、次郎を、そして作戦室に集まる全員を見やった。

「…この謎を解明するために、我々は急ぎアマールへ行かなければならないな」

 


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