RESOLUTION ll 第2章(6)

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 ゴルイと古代雪との間に交わされた奇妙な話に、<サラトガ>の乗組員たちは皆押し黙った。


 ——……共闘しろだって?
 しかも、11ある連合宇宙国家の、最大勢力に対するクーデターに加担しろ、っていうのか?


「……私は反対です!」
 50がらみの中堅通信長、中谷が反対した。「今、地球とはまったく連絡が取れません。そんな状態で、我々が彼らの内紛に加担するだなんて…地球政府、いや、地球人類の立場を考えて下さい!!」
 それは至極もっともな意見だった。
 しかし、機関士の北条が眉間に皺を寄せて意見を述べる…「でも、…<パンゲア>の市民たちを体のいい人質に取られているようなもんですよ?今はお客として迎えられているかもしれませんが、我々が参戦しなかったら彼らはどうなるか…」
「それに」
 とコスモパルサー隊隊長の志村がボソリと付け足した。「…地球は…、どうせあと40日程度で消滅するんです。最悪地球と連絡がつかなくても、例え独断でも。…俺たちがこのサイラム恒星系で生き延びることの方が重要じゃないのかな…?」


 地球はどうせなくなる。
 アマールへ移住するしかないのだ。
 ……そのアマールがSUSの制裁を受けそうになっているのは、そもそも地球人類を受け入れようとしたがため。
 であれば、残された道はひとつしか…。


「でも…!」
 中谷が吐き捨てるように言った…「そんなこと、俺たち人類は知らなかったんだ…!!」


「本間技師長。エトスとフリーデ、ベルデルの義勇軍でSUSに勝てると思う?…データ的にはどうなの?」
 皆の後ろで黙ったまま戦況のレコードを解析している技師長に、雪が疑問を投げかけた。

「………どうでしょうね…。よくわかりませんが」 
 技師長の本間は、艦載カメラに残された襲撃の様子を分析していた。

 襲いかかる宇宙軍の編成…攻撃手順や陣形。

「少なくとも、SUSの戦艦が数的には最も多いです。次がエトス、次点でフリーデとベルデル軍が同じくらい。攻撃の指揮を執っているのはSUSですね。…他にも連合国が7つ、あるはずですが…彼ら4軍の他は戦闘艦隊を出していないのは何故でしょう?」
「……大ウルップ連合は11ヶ国あるけれど、数年前まで続いていた“7年戦争”で、エトスとフリーデとベルデル以外の国家はほとんどの艦を失った、とゴルイ将軍が言っていたわ。そして、SUSによって軍隊を編制することを禁じられ、兵器の製造も禁じられたのだ…って」
「刀狩りか」
 志村がまたボソリと呟く。
「そう言うことね」

「アマールの軍隊は船を持っているけど」雪は艦橋キャノピーの外を見るともなしに眺めた…「彼らの船はあまり戦闘向きではないから、看過されているのでしょうね」
 かつて、移民局の惑星外交官・島次郎が表敬訪問した際に撮影された、アマールの戦艦を皆が思い浮べた。…帆船のような優美なフォルム。船体に施された美しい紋様。確かにそれらを見る限り、その船が戦いのための艦だとは思えないほどだった。


 あの国は、SUSにとって「資源を供給するための、なくてはならない星」なのですって。だから、今までは資源供給が主で、連合軍のために戦艦や軍隊を派遣することはなかった。

「…でも、地球がアマールと手を結べば…」

「我々の科学力と軍隊をアマールが手に入れたら、SUSにとっては都合が悪い、と言うわけか」
「ええ。おそらく、かなりの割合でね…」

「話し合い、って手はないんですかね?」
 中谷が食い下がった。「…だって、これじゃあ…。我々地球人類は故郷の星を失って、その上また戦乱のただ中に放り込まれるだけじゃないですか。SUSと話し合えばいい、我々はただ、大人しく移住したいだけなんです、って陳情すれば…!」

 雪は溜め息を吐いてうなだれた。
「……そのことなのだけど」
 隣にいた司が、頷いてあとを続けた。「ゴルイ提督が言うには、SUSとは直に談判ができないそうなの」
「何故?!」
「……連合国の誰も、SUSのトップには会ったことがないのですって」
「………?!」


 最大勢力を誇るSUSの総帥は「バルスマン」という男。そして、主に連合軍へ指令を下すのは、総司令官の「メッツラー」という若い男だというの。でも、エトスのトップも他の国家のトップも、直に彼らと顔を合わせたことはない、というのよ。

「なんですかそりゃ?!」
「彼らから連絡があるときは、電信だけ、なのですって。……戦闘員、平の兵士や市民たちとも、誰も接触したことはないそうよ」
「は…!?」
 皆がざわめいた。あれだけの数の戦艦を保有する強国SUS。だが、実は指揮官からその一兵卒に至るまで、実は正体不明の宇宙軍、だというのだろうか。
「……エトスや他の国の将軍たちがクーデターを躊躇していたのは、そのせいでもあるの。…彼らの底力が分からないからよ」

 SUSは、そもそもこの恒星系に存在した星ではなかった…とも言っていたわ。

「そしてね…」 
 関連があるかどうかは、よくわからないけれど。
 「このサイラム恒星系で起きていた7年戦争っていうのは、数年前に移動性のブラックホールがこの恒星系を襲ったために沈静化したのですって」
「……なんだって?!」



 雪の話に、全員がまた色をなした…… 移動性ブラックホール?!



「元はサイラム恒星系には13の宇宙国家がひしめいていた、というの。ブラックホールは、戦っていた13の星のうち、2つを飲み込んで消滅した。その混乱に乗じて、残った11ヶ国を圧倒的な数の戦艦で占拠し…支配を始めたのがSUSだったのですって」
「……まさか」

 どういうことなんだ。

「…わからない」
 ゴルイ将軍から聞いた話は、これで全部よ………


 全員が、再び沈黙した。
 ——と、その時である。
 通信席に沈み込んで頭を抱えていた中谷が、はっと顔を上げた。「…これは…!?」

 僚艦からの信号です!!

「なんですって!?」
 全員が通信席の周りに殺到する。
<……こちら…<アトランティス>07。こちら<アト…ティス>07。EFDFーJA005、護衛艦<サラトガ>、応答せよ!>
 天井のパネルに浮かび上がった映像に、皆が息を飲んだ。

 エトス艦隊旗艦<シーガル>に導かれ、巨大移民船が2隻、3隻と<サラトガ>の後方にワープアウトしてきたのである。
「……うそ……!」
「助かってたんだ……!!」
「ああ…!!」

 移民船の数は次第に増えて行く。<パンゲア>03、102、862、<ユーラシア>55、203、144、<アトランティス>07、199、333……… 地球の大陸の名を与えられた移民船の数は、数十に上った。そして、加えて何隻かの護衛艦も姿を現したのだ。

 


「……ゴルイ提督……!!」


 雪は我知らず呟いた。涙が頬を伝う。ゴルイ提督は、私たちだけではなく、これほどの地球市民たちを救助してくれたのだ。
 移民船を率いて飛ぶ<シーガル>が、<サラトガ>に向かって発光信号を送っている。雪は思わず、その勇姿に敬礼していた。

「中谷通信長!…護衛艦の所属をすべて調べて。連絡が取れるようならすぐに連絡を!」
「直ちに!」



 おもむろに艦長席へと向かい、腰かけた雪を司が振り向いた。
(…雪さん)
 古代雪は、じっと宙の一点を見据えていた。
 あの目をしている時。…雪さんは古代さんと話している。司にはそれが分かっていた。……だから、待った… 彼女が決断を下すのを。
(……護衛艦隊が助かっている。…長距離ワープの可能な戦艦が、<サラトガ>の他にも…、ある)

 雪は、…ゴルイの勇気に感謝した。
 これほどの温情を受けていながら、共に闘うことを厭うわけにはいかない…と感じた。だが、あの得体の知れないSUSに立ち向かうことは果たして可能なのだろうか…?

 


 雪は、心を決めた。

 無事だった戦艦が<サラトガ>だけであれば、その計画は実行に移すことは出来なかった。だがこれだけの数の護衛艦があるのなら。
 <彼>に、この危機を知らせ、援軍を求めることが出来るかもしれない。

「……司副長」
「はい」
 次の言葉を、司は待った。


「あなたに、増援部隊への伝令を任せようと思います」
 伏せた雪の長い睫毛が、微かに震える。
「…私は<サラトガ>から離れるわけには行きません。だけど、あなたなら」
「はい…!」

 司は深く頷いた。航海士としてかつてあの次元断層を航海した私なら。…かならず、あなたのお役に立てます…!
「危険な旅になるけれど… 行ってくれますね?」
「任せてください!」

 雪の両手が、力強く司の右手を握りしめる。
「…地球に連絡が取れるものなら、島くんに」
「いいえ」
 司は微笑んでかぶりを振った。「ご心配なく。私なら島さんよりも迅速に安全に、この大役を果たすことが出来ます」
 雪は呆気にとられて目を見張る。…思わず吹き出した。
「島くんに聞かせたかったわ」
「…ふふふっ」

 

 さあ、そうと決まれば…早速出発を。
 はい!!
 

 


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