春雷 =1=

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 初めて君を抱いた夜は、…空に稲妻が走っていた。


「…島さん……」
 窓の外を気にしながら、君が囁いた。寝室の灯りは全部消えていたけれど、カーテンの隙間から青い稲妻が閃くのが見える——
「…怖い?」
「……すこし」
 そう言いながら、君は俺の胸に顔を埋めた。

 雷の音が。

 怖い…というのとはまた少し違う、と俺は知っている。
 恐ろしい、怖い、というのではないのだろう。
 前に言っていたね…… あの音が。思い出させるの、ヤマトの…礼砲を…って。

 君は独り、テレザートの地表に残って……
 あの星の薄い大気の中で…聴いた、
 ——君一人を置いて遠ざかる… 俺の船の告げる別れのカノンを。

 あの時のことを思い出させるから。
 砲撃の音は嫌い。

 遠ざかるヤマトの礼砲、そして私の身体から迸ったあの呪われた力。どちらも、雷鳴と稲光にとても良く似ているから……

 ……だから、あの雷の音も、嫌い。



 ただ嫌いなのではない証拠に、君の肩が小刻みに震えている。落ち着かせようと口付けた… 
君の唇は怯えて強張っていた。
「もう絶対に…離さないから」
 大丈夫、安心して……
 
 稲光が、カーテンの隙間から差し込む。ややあって、轟くような雷鳴。彼女の震える指が、俺のシャツの胸をきゅ、と掴む…
 地球に…この国に住む限り、春から夏にかけてのこの現象を避けるわけにはいかないが、これはただの自然現象。直接撃たれるのでもない限り何も害はない……
 雷の原理は、彼女も知っているはずだった。
 だが、否応無く身体が辛い思い出に反応してしまうのだろう。
 微かに震える彼女の肩を両腕に抱きしめながら、俺は思った——
 
 彼女からこの恐れと孤独と哀しみとを、拭い去らなくては…。


「愛してる」
 震えてしがみつく背中を、そっと撫でる。
「…愛してるよ、…テレサ」
 さするように撫で続ける。怯えた小さな子どものように強張っていた身体が、次第に弛緩し始めた。
 音楽でもかけようか。それともHDVで何か見ようか…?でも、騒々しく違う音で打ち消そうとしても、あの音がするたびに君が耳を塞がなくてはならないのなら、意味がない。

 あの音と光を… 君にとって違うものに変えなくては意味がない……



 君が恐れを感じているなら、俺の全存在でそれを覆い尽くそう。
 君が孤独をまだ感じるのなら、俺の腕で…身体全体で、君を抱きしめる。
 哀しみを感じるのなら、俺が代わりにそれをすべて呑み尽くそう——



 テレサの背中を撫でながらベッドに腰掛けさせ、そっとキスをした。
 稲光が、彼女の横顔を明るく照らし出す。
 暗いと…怖い……
 君がそう言うので、手を伸ばしてベッドサイドの灯りを点ける。

 あの雷鳴は、いつまで続くんでしょう…?

 切ない眼差しでそう問うたので、俺は答えた、彼女の目を覗き込みながら。「…この星に生きる限りは、年に何回か聞かなくちゃならない」
 悲しそうに俯くのを、もう一度抱きしめ…言い聞かせる。
「だから、つらい思い出とあれを、切り離さなくちゃ…ね」

 もう一度、唇を合わせた。彼女はまだ、戸惑っている。
 けれどこの後、ただこうしているだけで……君の気持ちを変えることは出来るだろうか…?



 俺は、君を失ってから後、何人かの女の子を抱いた… 
 とても好きだと思った相手もいた。大事にしようと心に誓った相手もいた。人生を共にできると感じた相手もいた。悲しい思い出も、新しい恋なら拭い去ることが出来る…、俺はそう信じて恋を探した。
 ……だが結局は、いつも上手く行かなかったけれど。

 何故そんなことを思い出したのか…というと。
 ……彼女が地球人ではないからだ。
 俺は今、地球人類ではない違う星の女性を抱こうとしているからだ…
 俺が今まで付き合ってきたどの女性も、地球人女性だから基本的には同じ身体の作りをしている。
 だけど…彼女は。

 稲光が明るい室内にも横様に落ちて来る。



「…君は、初めてなの…?」
 笑いながら、聞いた。我ながら、ずるいと思う…永い間たった独りでいたテレサにとって、これがおそらく…初めての体験のはずだ。 
 雷鳴が追いかけて来ると分かっていなければ、とても聞けない内容だった。こんなこと、今まで誰にだって聞いたことはない。聞くこと自体、普通はルール違反だもの。
 自分が抱いた女性のことを思い出した後ろめたさに、つい変なことを聞いた、と反省する。だけど、今までの自分の経験と同じように…、地球の女性と同じように君を抱いていいのか、迷ったことも確かなのだ…

 テレサが瞬きした。
 何か言おうとしたのを、雷鳴が遮る……。
 いいえ、と唇が動いたように見えた。

 ちょっと目を疑う。
 ……いいえ、って言った…?

「あ…あの」
 まさかそんなことを訊かれるとは思わなかった。彼女の目がそう言っている。急に困ったような顔…… 怖い、悲しい…と言っていた時とは違う表情だ。
「…お嫌ですか」
 私が…他の人と。そんなのは…嫌ですか…?

 テレサの目を見つめたまま、どう反応しようかと狼狽える。俺の方こそ。まさかそんな答えを聞くとは思わなかった、という顔をしていたのだろう。
「いや、そんなことは…」
 けれど、言葉は淀んでしまう…

 誰と…?いつ?
 彼女は幼い時、あの宮殿に一人幽閉されたと言っていた…じゃあ、俺と生き別れたあとのことだっていうのか…?

 恋人の過去を探り出して嫉妬する。そんなこと、今まで一度たりともなかったはずなのに。自分と出逢う前に誰がどんな恋愛経験していようと、それは自由なはずだ。
 突然俺は、どうして自分がテレサに対してだけ…そう思えないのかが不思議でたまらなくなる。
(驚いた。…俺、君の過去に嫉妬してる)
 君は当然、ずっと一人で俺との再会を待っていてくれたのだと、勝手に思い込んでいた。

「…ご…ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「…あの…だって……私」
 稲光がまた彼女の頬を照らした。少し、狼狽している…?
 雷鳴と同時に、俺は苦笑しながら彼女を抱きすくめた。
「…それは…嫌いな相手だったの?」

 テレサは俺の顔を見上げるとちょっとだけ息を飲んだ。
「…その相手は、嫌いな人だった?その人とのことは、嫌な思い出なの…?」
 いいえ、と躊躇いがちに首を振る。
「そう。…それなら、いいんだ」
「島さん……?」

 正直、かなり胸中複雑。かなり穏やかでない。だけど、俺だって一人ではいられなかった…、それが事実じゃないか。
「島さんは……」
 島さんは、あの。

 稲光が、彼女の背を押したみたいだった。驚いたことに、彼女は俺に同じ質問をしたのだ。


「…島さんは、どなたかと… こんな風に愛し合ったことが」
 これは、答えなきゃフェアじゃないよな。
 そう思ったから正直に。
「…ああ。ある」
 彼女の顔が、しょんぼりしたような気がしたが、それをはっきり見る前に雷鳴が轟いたので俺はその顔をぐいともう一度腕の中に抱き込んだ……
「……その相手の方を、島さんは…」
「…好きだったよ」
 胸の中で、テレサの背中がちょっとだけ強張った。「…でも、…君がやっぱり宇宙で一番…好きだったから、その子とは別れた」
「……わか…れた」
 うん、と頷く。
 
 参ったな。
 ちょっと照れ隠しに苦笑してみた。
「……俺は…寂しかった。君がいなくなって、すごく寂しかったんだ。一人でいるのが、辛かった。…だから、君の面影を他の女の子に探した」

 でもね…

「…こんなに素晴らしい人は、宇宙のどこにも……いなかった」



 稲光がカーテンの隙間から見える。雷鳴が次第に近くなっている… もう、数キロという所だろうか。稲妻と雷鳴との間隔は、2秒程度。

 …サァァ…と雨音が響いてきた。暗い雨が、空を白く煙らせているだろう…


 
「君にもう一度会えなければ、俺は…死んだも同然だったんだ」
 芝居じみた言い草だと、頭のどこかでもう一人の自分が冷笑している。だが、かまうもんか……

 これは本心だ。誰を抱いても、閉じた瞼の裏にはいつも君の顔があった。その相手に申し訳ないと思っていても、この手に抱いているのが君なのじゃないかと、そう錯覚している時だけが幸せだったんだ……

 稲光と雷鳴。
 二つが同時に落ちて来る。


「…島さん」

 テレサ。君もそうだった?
 誰と抱き合っていても、俺を…思い出した?
 君が言えないかもしれないと思ったから。そう言ってみた。

 

 …雷鳴の中で、彼女が小さく頷いた………

 


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