ざぶとん (2)

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「尻に敷く、っていうのはね」

 あー…。
 君が自分の意志に俺を従わせて、勝手気まま、我が儘に振る舞う、ってことなんだけど。それを、妻が夫を尻に敷く、ていうんだ。

「字義的な意味ならわかります…でも、それは仲が良いことと同じだ、って雪さんが」
 聞いていたのか、という顔を島さんがしたので、しまったと思いましたがもう手遅れです。島さんは笑いを咬み殺しながら、言いました。
「……じゃ、やってみる?出来るとは思えないけどな」
「そんなことは…」

 そう、そこまで言う?
 そんな顔で島さんが面白そうに私を見るので、思わず。
「い、今から、島さんを尻に敷きます!」
 ……だなんて。…私。宣言してしまって。

 今思えば、島さんも島さんです。止めてくだされば良いのに、笑いながら黙ってるんですもの……!



「じゃ、そもそもその言葉遣いをどうにかしなくちゃね」
「…言葉遣い…ですか?」
「それだよ。〜〜ですか?って言うだろ君は」
「……………」

 じゃ、なんて言えば。

「ですます口調をやめてごらん。それだけで違うから」
「…はい」
 島さんが吹き出しました。
 はい、じゃないでしょ。ウン、って言わなくちゃ…
「……ウン」

 かっわいい。 

 ——向かい合ったソファの向こう側で、島さんがそう言いたそうな顔で見ています。
「な…なんですか…?…じゃない、な…なによ?なんでそんな顔して見るんで…… 見るの?」
 島さん、もう吹き出す寸前。ああん、悔しいです〜〜〜……
「…ぜんぜん駄目じゃないか」
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
「いいよ、無理にそんなことしなくたって…」
「だって」
「いいんだったら」
 可笑しくてたまらない、といった顔で島さんは立ち上がり。私の隣に座りました……
「何も変えようとしなくていいんだ。そのままの君が一番好きだ… 俺はホントにそう思ってるんだぜ?」

 まあったく、なんでも俺たちと同じように振る舞おうとするんだから。

「……それは、だって」
 ——皆さんと同じように…、したいんですもの。

「俺がいい、って言ってるんだ。今のままの君が一番いいんだよ」
 極端なことを言えば、俺がテレザートの言葉を習ってその言葉で話したいくらいだ。俺たちふたりにしかわからない言葉で…
「そうだ、君の星の言葉ではなんて言うんだい?“愛してる”って」
「……………」

 
 島さんの手が、肩に…回って。
 …それはもう、愛し気に…私の身体を抱き寄せて。キスするのかと思ったら、私のおでこにコツンと自分のおでこをくっつけて、……クスクス笑うんです… 
 んもう、あなたったら。
 いつもこうやって有耶無耶にするんですもの…。

 そこでちょっと、意地悪してやろうと思ったんです、私。


「…“愛してる”、ですか?……」
 私。小さく溜め息をついてみせました。
「そう、テレザート語で。なんて言うんだい?」
「……*****」
「え?」
「#####」
「……さっきと違うぞ」
「…$#*#$」
「…テレサ?」
「ねえ、島さん?……地球にも、幾万通りもの言語がありますよね?」
「?…うん」
「テレザートにも、何通りもの言語があるんですよ?私が話していたのは、そのうちのたったひとつです。…地球語、なんていうものが無いのと同じで、テレザート語、なんていうものも無いんですよ…?」

 私はテレザート星に存在した無数の言語のうち、11カ国語を自由に操れました。地球の言葉についても今はもう、主要なもの7カ国語についてはほとんどマスターしていましたし、やろうと思えばそれで充分、意志の疎通は計れるんじゃないかしら、と思います。

 でも。
 島さんと話すときは、…やっぱり、その…。気持ちが…あるじゃないですか。

 島さんが一番心地良くて、それで私を好きだと思ってくださる言葉遣いをしたい、っていう……?
 だから、あなたが私の国の言葉なんか話そうとしなくても…私があなたの言葉を話します。私があなたの言葉の、意味を探ります…… それでいいじゃありませんか。



「…………テレサ」
「何ですか?」
 島さんは、すましてそう言った私の目を改めて覗き込むと、「コイツめ…」という顔をしました。

「……分かったよ」
 ——負け負け、俺の負け(苦笑)!!

 鼻の頭にきゅっと皺を寄せて、島さんは大笑い。
「ちきしょー、みんな尻に敷いてないとか敷けるわけないとか言うけどさ。充分俺は尻に敷かれてるよ、君は素質充分だよ…」
 あはははは…。
「えっ」
 私が、あなたを?尻に敷いてる…?
 そんな。

「だって俺、君に絶対逆らえないもの」
「逆らえない…って」
「逆らえません、これっぽっちも」
「…………」


 だって、私はそんなつもりはちっともないのに。
 不思議なことに、古代さんも島さんも「尻に敷かれる」のを楽しんでいるみたいです。それも何だか、良く分かりません。



 うう〜、言葉って、やっぱり難しい。 
 ——だからまだまだ私、勉強しなくちゃ、と思ったのでした……。



                                <おしまい。>
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 <言い訳>



 あはははは。
 変な小咄でやんした(w)。

 読んでお解りの通り、我がサイトのテレサは天然大ボケ宇宙人、ではありません。PSゲームのテレサの影響なのか、天然ボケが可愛い…、という印象の強いテレサちゃん。ですが、
たった独りでテレザリアムに閉じこもるように生きてはいたものの、よくよく見ると彼女は高度な教育を受けて育ってきた才媛です。

 実際にヤマト「2」をよ〜く見て行くと、端々にそう見受けられる言動があるんですよね。


 例えば、それまで地球とは接点のなかった2万光年かなたの宇宙人のくせに、通信でしょっちゅう「地球標準の単位」を使って航路の指示を出してくれていること。それに、17話のズォーダーとの会話。

 通信についてはそれだけで彼女の教養の高さや専門分野にまで通じていると思われる特異な一面を確認できますが、さらにズォーダーとの会話の中では立派に「宇宙の正義」について語っているんです。

 青臭い勧善懲悪理論かもしれませんが、「この宇宙に生きるものはすべて手を携えて共に生きなくてはならない、なんぴとも他者を踏みにじってはならない」という、地球の代表的性善説を踏まえたかのよーな正論を、あの暴君オヤジにかましている。傍若無人な感情は理性で抑えるべき、それが「倫理」というものなのだと、彼女はちゃんと理解している。
 言葉遣いも、たった独りで言葉を交わす相手もなく生きてきたとは思えないほど奇麗で、語彙も豊富。

 独り俗世と隔絶されて生きてきた…というと、まったく常世の感覚なんぞ理解不能、自分の欲求のままに訳の分からない振る舞いをする…というよーなイメージがありますが、彼女の場合はそんなんじゃないのであります。
 なので、ヤマト「2」のテレサという女性を突き詰めて検証した結果(w)、我がサイトのテレサちゃんはこんなふーになったわけですネ。



 それでも…。

 言葉というのは難しいモンですよね。語学を鍛錬したしないにかかわらず、コトバってのは色んなイミで難しいです。
 字面そのままの言葉、っていうのは少ないくらい。特に難しいのは、否定的な響きを持ちながら、実は愛すべきウラの意味を持つ言葉、又はその逆のもの。使う人の表情や声色ひとつで、言葉の意味も細かに変化します。

 いわゆる「サブテキスト」ですね。

 その言葉の、後ろにある(もしくは含有される)表現されない幾つかの意味。
 それを拾うのって、ホンット難しい。

 自国語ですらそうですから、外国語では一体どうなっちゃうんでしょう(w)。しかもテレサと島の場合は、宇宙を隔てた言語の違い、があったわけですからね。その上で、島の使う言葉を、テレサが完璧に習得しようとしてるわけですよ…、島さんはテレザートの言葉なんか勉強しなくたっていいんですよ、…だって、どうせ分かんないだろうから、アタシが島さんに合わせます、って(爆)。
 
 テレサの苦労、ちょっと分かって頂けましたか?(w)

 ま。あの二人なら、言葉はなくてももう充分に通じ合ってるとは思うんですが…… でも実を言うと、今でも怪しい気がします(w)。


 本編では、島が「あなたを置いて独りでは帰れない、僕はどうしたらいいんだ!」ってゴネたら、テレサはヤマトに来てくれた。島としては有頂天だったでしょう。
 ところが、「一緒に行きます」と言った彼女の言葉のサブテキストは「ヤマトまであなたを連れて帰ります」という意味だった。島にはそれがわかりませんでした。

 しかもその後ヤマトから一人降りる際、古代に対して「これで私のして差し上げられることは終わりました」だなんて言っている。
 終わってないでしょ、これからするつもりだったクセに。
彼女はあの後、自分の星を爆破して彗星を足止めし、ヤマトを逃がそうと算段していたのですが、島にゴネられようが古代に引き止められようが自分の決意を変えることはなかったわけですね。それ自体はすごく悲しい決意だし、彼女ってなんて強いひとなんだろう、と思いますけどもね……

 みんなをあのたおやかな口調で騙しまくってからに………(爆)!



 この辺の、例え島が泣きついたって結果的に自分の思惑を曲げない、というテレサの本質。
 嚊天下(かかあでんか)じゃありませんか、完全に?(爆)あの口調だからまんまとみんな騙されますが、実はすべてテレサの思う壷………。

 島はどうあっても、彼女には逆らえませんって… ホント(笑)。



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