<なかよし> (1)

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 2210年の春。

 アンドロメダ星雲に位置する、新帝星ガルマン・ガミラスから第一次特殊輸送艦隊が帰還して後のこと…—— 
 艦隊司令を務めた島大介は、現在メガロポリス・ベイの海底に位置する、この無人機動艦隊極東基地副司令に収まっていた。


 降格祝いと、異動祝いと、就任祝いだ。

 訳の分からない名目で古代が持ってきた「ワレモノ」の包みを、島はにやにやして受け取った。佐渡酒造がよく抱えている形のものだ。
「お前のナントカ祝いって、いつもコレだな」
「うるせえなぁ…じゃあ返せよ」
「やーだよ」
「……怪我人出したくらいでいちいち艦長辞めてたら、やっていけねえだろ」
「ヤマトはな。…ポセイドンは輸送艦だから」

 ちぇ。お前はえーきゅーにヤマトの艦長にはなれねえな!
 へん、なる気もないね。

「…まったく、口の減らねえ野郎だ」
「いいんだよ、俺はここで」
「宇宙(そら)、飛びたくなってもヤマトには乗せてやらねえぞ?」
「かまわんさ」

 へー、そうですか。今に見ろ、吠え面かくなよ?
 あはははは……



 今、古代と島が罵り合っているのは。
 極東基地、……司令官室。

 地球人類の負の遺産を積んだ輸送艦隊を指揮し、艦隊司令として地球〜ガルマン・ガミラスを往復すること160万光年。帰路に予想外の敵襲に遭遇し、多数の負傷者を出したその責めを負って、島大介は艦隊司令の任を自ら辞した。

 降格処分として地上勤務に繋がれたとは言え。だが見たところ島の待遇は、護衛艦ヤマト勤務の古代からしてみれば悔しいほど「良い」ものだった。 
 司令官のオフィスだから、軍艦の艦長室とは雲泥の差、月とスッポン。…こっちが月で、ヤマトの艦長室がスッポン、である。マホガニー調のデスクに、黒い革張りの重々しい一人掛け回転椅子。そこに偉そうにふんぞり返っている島を見れば、彼がこの処遇に充分満足していることは良くわかる。 
 デスク正面の壁には、中央作戦室と同様の大パネルが展開し、居ながらにしてラグランジェ恒久軌道上の無人機動艦隊150隻、また火星基地から操作される火星艦隊150隻の動向を監視することが出来る。自らが乗り組んで戦うことは出来ないが、彼の手元のチェス盤には現在の地球防衛の、それも最終防衛ラインを守る騎士<ナイト>がずらりと並んでいるわけだった。

 300隻の無人機動艦を、この部屋で悠然と指揮しているこの野郎の…この処遇が「降格」だって?…良く言うよ。

 古代は我知らず小さく舌打ちした。
 しかも、無人機動艦隊の基地は太陽系内でどんどん増えていて、島はそのどの基地へ行っても最高司令官である…… 俺はここでいいんだよ、と言う島の気持ちもわからなくはない。


 ま、島が艦隊司令を辞めた一番の要因は……嫁さんとの距離だよな。

(そうそう、嫁さんだ……)
 古代はちょっと真顔になり、ソファに座り直して訊いた。その「嫁さん」が、島大介をして要職から退かせた「理由」である……

「……嫁さん、元気か?」
「ああ。身体も随分回復した。…お袋や親父とも、仲良くやってくれてるよ」
「そうか…良かったな」

 ——ほんとに、良かった。
 島が、敢えて地上勤務にこだわった理由は…その彼の伴侶にあった。


 テレサ。


 かつて、地球より2万光年の距離に存在した空洞惑星テレザート。今は無きその星の、最後の生き残り。彼女は2209年、第一次特殊輸送艦隊が到達した新帝星ガルマン・ガミラスにおいて奇跡的に保護され、生存していたのだった。

 80万光年余の航海を経て、輸送艦隊と共に地球へ帰還することになった彼女は今、島の伴侶として彼の実家に住んでいる……北欧出身の元軍属、テレサ・トリニティ・シマとして。 連邦宇宙科学局長官と、軍中央病院の腕っこき医師が入念に偽造した個人IDによって、彼女は地球連邦日本自治州市民の戸籍も持っているのだ。

 島が地上勤務を願い出たのは、愛しい彼女と可能な限り長く、一緒に過ごしたかったからである。宇宙勤務に出れば一航海最低でも3ヶ月は地球へ戻れない。しかしここの勤務なら長くても25日、月に一度は帰宅出来る……可愛い新妻を一人待たせて、数ヶ月も家を開けるなんて、彼には考えられなかったからだ。


「次郎くんが、テレサをえらく気に入ってる、って噂だぞ」
「はは…真田さんから聞いたのか」
 ああ、次郎くん、科学局にバイトしに行ってるだろ。真田さん、毎日聞かされるらしいぜ、テレサは兄貴にはもったいない、もったいないって。
「…お前、油断してると弟に嫁さん持ってかれるぞぉ?」
「バッカ言え」
 お前だって、守さんの彼女にちょっかい出したことなんか無いだろ!

 そう笑い飛ばした島に、古代はくるりと瞳を回してぷっと吹き出し、ボソリと呟いた……
「…… 一回だけ、ある」

 え。
 固まった島をちらりと見て、いや、あれはちょっと違うかな、とまたボソリ。テーブルの上に出されたアイスレモンティーを一口飲んで、ふー。

 …その古代の淡い少年時代の恋はさておき。
 島は慌てて態度を取り繕うと、咳払いした。

「まあ、テレサは見た目が若いしな… それにまだ色々とカルチャー・ギャップを克服してる最中だから、あれこれと次郎に教わってるんだろう。お袋と、オヤジと、次郎が別々に色んなことを彼女に教えてくれてるんだよ」
 お袋は衣食住全般、オヤジは社会情勢から金融、経済。次郎はスポーツとかエンターテイメント関係かな?歴史とか語学については、俺たちが教えるまでもなかったしね。

「真田さんが言うには、彼女、IQ200はあるんだって話だ。昔、…俺たちと初めてコンタクトを取った時点で、彼女は地球についてかなりのことを独自に学んでいたらしい…」


 「地球の航法」に照らして単位を変換した銀河座標や航路を、幾度か自らヤマトへ送ってきた彼女である。
 言語解析装置や航法装置は言わずもがな、また全宇宙の文明を網羅するようなライブラリやネットワーク。あの碧い宮殿テレザリアムに、何が備わっていたとしても確かに驚かんな、と古代もうなずいた。彼女はそれを駆使して、地球の航法や言語を自ら知ろうと努力していたのだ。
 あの幻想的な地下の大伽藍に浮かぶ宮殿は、よくよく見れば驚くべきオーバーテクノロジーの塊だった。ひたすら神秘的にファンタスティックに見えた彼女の住まいも、彼女自身も、ただの宮殿と女神様ではなく圧倒的な科学力で構成される小要塞、そしてそれを自在に駆使する、異国の才媛…、であったのだ。



「…島さん恋し、の一念、だね」
 古代が笑う。
 可愛い女だろ?だから島も、くすっと苦笑するに止める。
「島、お前は何も教えてやらなくていいのか?」
 にまぁ〜と古代が淫靡に笑った。
「……俺の担当教科は月に一度、休暇の時にみっちり教えている」
「…あっそ」
 はいはい、惚気てろ。
 古代はまたもやケッ、と笑ってソファにひっくり返った。


「けどな…、ひとつ手を焼いてることがあるんだ。お前に相談したいことってのは、それなんだよ……」
 しかし、島がそう言いながらデスクの革張りの椅子を立ってそばへ来たので、古代は「お?」と身体を起こした……

 古代がここへ来たのは、島から折り入って相談がある、と言われたからだったのだ。



「…実は…彼女、靴が嫌いなんだよ…」

 



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