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「……クツぅ〜?」
「靴だ。シューズだよ…。彼女、靴を履いてくれないんだ」
なんじゃそりゃ。
異星文明とのこまごまとした生活習慣のすり合わせについては、デスラーとの付き合いの中で多少経験済みの古代であるが、そりゃまた妙なカルチャー・ギャップだな、と腕組み。
(もうひとつ付け加えると、彼女は下着も嫌いだ……必然性を理解してはいるが、好んでは着けたがらない…)
しかし、島も馬鹿ではない。
そっちは言ったところで古代をニヤつかせるだけなので、仕舞っておくことにする。
「靴がなぜ存在しているか、その意味とか個別の用途とか、そんなことは彼女も理解してるんだ。最初はトンチンカンだったものもあるけど、大方はもう地球人の生活については理解してくれてる」
その、最初のトンチンカンさは今になってみれば笑い話みたいなものばかりだった。大半は「近代の地球人であれば当たり前のもの」であるため殊更に説明の要らない内容、だったのだ。
軍艦の観測機器や通信デバイスなどについては地球人のスペシャリスト以上に理解する彼女なのに。例えば外出するときは靴を履くとか、雨が降ったら濡れないように傘をさすとか、服の下に下着を付けるとか…そういった当たり前すぎて説明の要らないことの方が、テレサにとっては素朴な疑問の連続、だったわけだ。
「ヒューマノイド型の異星人としては、テレザート人類は他に類を見ない高度な進化を辿っていたんだろうな。あの星の都市を解析した真田さんが言っていたが、知能が高かったのは彼女だけだったとは思えないって」
「はぁ〜ん…。ま、本も読まないようなそこらの地球人の女の子なんかより、よっぽど解ってる才女だろうな…それは何となくわかるよ」
あはは、お前も理詰め、彼女も理詰めか。フーフゲンカはさぞかし理路整然としてるだろうよ…。古代はそう笑ったが、隣に腰かけた島は、いつになく深刻そうな顔だ。
「…茶化すなよ。そうなんだ、彼女って…才女だと思うだろ?なのに、俺が油断してるといつの間にか裸足になってるんだ。…どう思う?古代」
「どうって」
「いくらなんでも、アルプスの少女ハイジじゃないんだからさぁ…」
そういや。…と、古代は思い出した。
あの青い宮殿での彼女、足音しなかったな。ありゃあ、裸足だったのか。
「…ま、いいんじゃないの?」
靴、履かないからって別にいいんじゃん?
「良かないよ!」
島の不服顔に古代は目を白黒させる。……彼女、テレサは、地球連邦市民としてのIDをもっているとは言え、異星人としての生体認証が掛けられている特殊な身の上だ。氾濫する違法な異星人研究グループから狙われる危険を懸念し、彼女を保護するための措置が厳重に施されている。真田さんと島と旧知のメンバーとの間では「テレサは島の実家の敷地内からは出られない」ということは周知の事実だった…… 靴なんか、あんまり必要じゃないじゃないか、と古代が思うのは無理もない。
ところが、島の思惑はそれとはてんで無関係だったらしい。声を落してさらにぶつくさ言い始める——
「……彼女、とっても奇麗な足をしてるんだ。サイズは…22.5くらいかな。あんなに身長あるのにさ。それに、22.5っていったら、女の子の靴でいっちばんカワイイデザインが揃ってるサイズだろ??」
「…お前、足フェチだっけ」
思い出して古代がそう言った途端、ちょっと鼻の下の伸びていた島の顔が、かっと赤くなった。
「だ…だからさ、テレザリアムでは良かったんだよ、別に靴なんか履かなくたって。家の中でもそうだ。けど…」
庭だろうがどこだろうが、さっさと裸足で出て行っちゃうから、彼女の足が…その、…荒れちゃっててさ。…あの奇麗な足、楽しみにして帰るのに〜〜……。
ぷうーーーーーっと吹き出した古代のアイスレモンティーを、島はムッとしてひったくり、ぐいっと飲み干した。
「あーーー俺の」
「うるせえ、お替り頼め!」
仕方なく、古代は呼び鈴を鳴らして衛兵にアイスティーのお替りを頼んだ。
副司令はブーたれた顔で、まだ膝に頬杖を付いている。
「で?お前の相談ってのはなんなんだよ、島?」
テレサに靴の効能だとか利便性だとかを説教しろ、とでも?
「だ…だからぁ」と島はちょっと言いにくそうに切り出した。
「…雪を、借りちゃあ駄目か?」
「雪を?」
なんで?と首を傾げた古代に、モゴモゴと説明。
今度の休暇、雪にとびきり可愛い靴を選んでもらって、テレサに買って帰ろうと思ってんだ。褒めちぎって、まず靴を履くことに慣れてくれたら、足が傷つくこともないからさ…
「?…なんだ、なら最初から雪に直接言えばいいじゃないか」
「そんなことできるわけないだろ!」
「どうしてだ?」
だって… 俺が足フェチだなんて雪に言いたくないし…第一お前をすっ飛ばして雪を呼び出せるかよ。
「な〜んだ、妙な遠慮すんなよぉ」
屈託なく笑った古代に、島はちょっと呆れる。
俺だったら、いくら古代でも俺をすっ飛ばしてテレサを呼び出したりしたら、ヤだけどな。こいつって、ヤキモチ焼くってことがないのかな……。(そういや昔、アナライザーが雪のスカートめくってみんなで目の保養をしちゃった時も、古代のやつ「あはは」ってまるで他人事だったよな…)
それは良いことなのか悪い事なのか。雪だって、古代にヤキモチすら焼いてもらえず寂しいとは思わないだろうか、それともこれが信頼の上に成り立つ自由だ、とでも言うのか……。その辺が島には相変わらず、どうもよくわからないのだった(笑)。
「でもさ〜、島…お前さー」
島の頭ん中のモヤモヤなど、てんで気にしちゃいない古代である。
「彼女の好きにさせてやれば?靴、履きたくないって言うのに無理矢理履かせなくたっていいんじゃないか?」
実は彼女のカルチャー・ギャップ利用して、自分好みのオンナ、創ろうってハラじゃねえの?そんなのいかんと思うよ、ぼかあ(笑)?
「うるせえな、そうじゃないんだってば」
わかんねーかなあ…、と島は困り顔。せっかくキレイにしてたものを、キレイに保とうと思って何が悪い?
ま、古代にしたって、その島の気持ちは理解可能な範疇ではあった。
だって。
雪の……5センチのパンプス姿(防衛軍長官秘書は5センチヒールだ)も、パーティドレスでの8センチのピンヒールも、実は自慢の種であり…大好きな彼女の姿でもあったから(それはあくまでも、自分と並ばない場合のみ、という悲しい制限付きではあったが…)。
* * *
さてそんなわけで、雪を貸し出す(笑)のを快諾した古代である。島が呆れるほどあっさりと、「じゃ彼女に頼んでおくよ」と笑ってくれた。
雪の勤務先はメガロポリス・シティ・セントラル、司令本部そばの中央病院である。繁華街も近い。待ち合わせで有名なフォース・スクエアの美術館の入口で、今、島はちょっと緊張して雪を待っている……
(…テレサに買う靴、を見立ててもらうだけにしても)
雪と街中でショッピングだからなー。
落ち着かない。何も悪い事をしようとしているわけではないのだから、そわそわする必要などないのだが、任務を離れて雪と2人、というのは滅多にないことだったから(…いや、よく考えたら初めてだったかもしれない)。
街中を歩くのだから、と軍服は置いて来た。トランクなど身の回り品は先に家に送ってある。丁度おろしたての春のコートがあったから、それを羽織って。女子隊員に評判の良いラメ入りのナロータイに、光沢のある落ち感が奇麗な素材を使ったグレーのスーツを選んで、足元には光る茶色のウィングチップを。さり気なく隣に並ぶであろう彼女をイメージしてみた……
ひとりでに頬がにやける……ぺしっ、やめろ、オレ。
「待った?」
背後で声がする。
実は15分待ってた、だなんて口が裂けても。
「やあ…!」
だがにこやかに振り向いた島の目に映ったのは、眩しいばかりの私服の雪……ではなく、誤摩化し笑いを浮かべた私服の親友、だった。
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