<なかよし> (3)

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「……あ〜?」
 なんでお前が?

「…うわー、すごいカオだなァ…島」
 そこまで露骨にイヤそうな顔するか?

 古代が苦笑。島のカッコ、どう見てもデート意識してやがるし。雪は雪で、あら島くんとデート?楽しみだわ♪、なんて言ってやがったし(の割にあっさり仕事選んでたが)。
 俺が登場、で悪うございましたね、の古代である。笑。

「雪な、どうしても仕事で抜けられないんだと。ごめんね、って伝えて、だとさ」
「………」
 そ、そう……。
 ガックリ。でもそんな素振りは見せない、いや、見せてたまるか。

 古代は腕時計をチラ見すると、行こうぜ、と手振りで繁華街を示した。
「お前、今日から休暇だろ?…休み、例によって3日しか取れないんだろ?…とっとと靴買って、家に帰ってやれよ」
「は?」
「は?じゃねーよ、テレサ、待ってるんだろ?」
「はい?……お前が来るのか?!」
「雪が来られないから、俺がココに来たんだろうが!俺が運良く地球にいて良かっただろ」
 ほら、ぐずぐずすんな。


 これから草野球の試合観戦にでも行こうとしてるみたいな、ラフなカジュアルスタイルの古代は、ボーゼンとしている島のコートの袖を引っ張ると、すたすた歩き出した……

「おいちょっと待て」
 お前と野郎2人で女の子用の靴の店になんか、入れるかよ…。
 
 我に返って古代を引っ張る。
 雑踏の真ん中で後ろから引っ張られた古代が、バランスを失ってコケそうになった。
「何すんだよ!」
「や…やっぱ、いいよ」
「なんでだよ。雪から、ここの店のこの靴を買ったらどうか、ってメモもらってあるんだよ」
 俺だって女の子用の店に進んで入りたかねえよ、しかもお前となんか。
「…お前に言われたかねえぞ」
「まあ見ろよこれ」

 古代のかざしたモバイルの小さな画面に映る、華奢な白いパンプス。

「……天然皮革製、重さ約25g。踵と甲にシャーリング加工、リボンストラップ付き、ヒールは3センチ…白と黒と、ライトブルーとピンクがある」
 どこぞの王室御用達のシューメーカーのものだそうだ。裸足の履き心地。しかも、デザインが思いっきり上品で、その上すごく…
「…可愛い」
「だろ?」
 勝ち誇ったようにそう言った古代に、渋々うなずいた。こういうの、やっぱ雪に任せるとチョイスが違うな…。
「よし、とっとと行くぞ」
「お…おう」

 ようやく意気投合した2人は、急ぎ足でフォース・スクエアの先のファッションストリートへと向かった。



            *         *         *

 



「いらっしゃいませ♪」

 だが、その店に入るなり、ふたりは途端に気まずくなり始めた……

 ここは某王室の“プリンセス”御用達の店、だった。見回せば店内の客は女性ばかり。ピンクゴールドを基調とした店内装飾の中に、きらびやかにディスプレイされた華奢な靴たちが並んでいる。カップルならまだいいが、男2人と言うのは明らかに場違いな感じだ。しかも、スーツの島の出で立ちはまだしも、古代のアメカジは明らかにズレている…

(……どれだよ、早く探せよ)
(んなこといったって)

 男のサガか。
 だが目的のモノを探すのに、自分で探しもせずに店員に尋ねる、なんてのは沽券にかかわる。古代も島も、そういうところはまるで同じだった。

(……守兄さんがいてくれたらなあ)
(……お前もそう思ったか)

 古代守なら、こういう店でも物怖じしないのだろうなと島も思ったところだった。平静を装って、古代に囁く。

(ほら、あれだ…品番で探せないか)
(品番?)
 雪のくれたメモをもう一度確認。(あー……ROZEN33121…の30?)
(でも番号って、どこについてるんだろ?)
(ちょっと待て、電子機器の部品じゃねえんだぞ、品番なんかで分かるかよ……)


 ごにょごにょごそごそ。


「あの、お客様?…ご案内いたしますが…?」
 背後にいつの間にか、女性店員の気配。話しかけられ、2人は飛び上がった。
「どういったモノをお探しでしょう?」
「あっ、こ、これを!これと同じもの下さい!!」
 古代が慌ててモバイルの画面を店員に差し出す。

「……ええ…と」
 それを見た店員の表情が強張る。苦笑している……「あの、お客様?何かお間違えでは」
「は?」
 古代が見直したモバイルを、島も覗き込んだ……

(だーーーーー!!…バカ)
 そこに映っていたのは、ピースサインをしたブキミな笑顔の真田。
「ままま間違えました!!こっちですこっち」

 今度は間違いなく。

「……かしこまりました。おサイズはいかがいたしましょう」
 店員はさすがにプロである。どうか落ち着いてくださいませ?殿方お二人でのお買い物、さぞやお困りでしょう。お手伝い差し上げますよ、と慈愛の微笑み。
「に、27・5です!」
 ところが、すかさず古代がそう答えたので、またもや店員の笑顔が固まった…… あの〜、そんな大きなおサイズは……
「違いますっ、22・5ですっ」慌てて横から島が訂正。

(お前の足のサイズ言ってどうすんだよっ)
(あ、そうか)

 少々お待ちくださいませ、と言って店員が在庫を調べに行っている間、2人は周囲の客の視線をかわしながら、声を殺して大爆笑した。

 



          *         *        *

 


「あー〜〜参った参った…」
 ありがとうな、古代。喉乾いたろ、一杯おごるよ。

 奇麗に包装された箱を抱えてようやく店から出て来た島がそう言ったので、2人は通りの並びにあるドリンク・バーに寄って喉を潤していた。

「まったくなあ。お前と2人で買い物することになるとは思わなかったよ…」
「そりゃこっちの台詞だ」


 バーのカウンターから、夕刻の雑踏をウィンドウ越しに眺める。
 一般市民の生活では、ちょうどこれからが帰宅のラッシュアワーだ。
 2人ともチューブで帰る予定だったから、じゃこの一杯でお開きだな、とグラスに残ったギネスを互いにくいと飲み干した。
「あー、ビールも久しぶりだな〜〜」

 なんか、もう一杯くらい飲みたい気分だよ…。
 
 そう呟いた島に、古代が笑う。
「じゃ、あと一杯だけいくか?」
「……せっかくだから、ビールじゃなくてさ」
「あ?」
「一杯だけ…な」
 あははは、じゃ。一杯だけ。

 そう言って古代がバーテンに注文したのは、1000コスモユーロで飲めるとメニューに書いてあった復刻版ヘブンヒル・バーボン。
「お…いきなりそういうモノを」
 お前なー、いくら休暇中だからって。
「へへへ〜、雪が一緒だと飲めないんだよ…」

 古代は悪戯っぽく片目を瞑った。過去の傷病のせいで古代は悪酔いし易く、雪からは強いお酒は駄目よといつも口うるさく言われているらしい。島にしてもそれは同じだ。肝臓が人工臓器だから、人一倍気をつけないと悪酔いしてしまう。


「大丈夫なのか〜?」
「平気だよ、一杯だけだし」
 くそ…。
 島も「一杯だけ」というのを言い訳に、じゃあ、とメニューをもう一度ざっと眺めた。「…俺はこれにしよっと」
「テキーラあ?」
 エル・グラン・コンキスタドール?
「……前に、山崎さんに奢ってもらったことがあるんだ。小ちゃいグラスでさ、フルーツの香りがしてトロッとしてて美味かった」
「へ〜〜〜」
「…なんか食べるか?空きっ腹だとクるだろ」
「…いや、夕飯出来てるって雪が」
「そっか。俺も多分そうだ。…じゃ、ホントにこの一杯だけ」

 …な。

 


 と言って、最後に腕時計を見たのはまだ17時前だった。



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