<なかよし> (4)

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 ………が。


 くだらない話で盛り上がったり、互いの嫁さん自慢をしたりしていて、どういうわけかグラスが増えてしまい。

 島があれっと気がついたときには、時刻は19時を回っていた。
 やべ、帰らなきゃ。
「おわっ…」
 古代も慌てて時計を見る。まずい。20時には雪が帰って来る……
 こりゃ飲んでた、ってバレるかな……

 島が帰り支度をしながら、ニヤニヤしている。

「…雪にバレたらやっぱり、…怒られんのか?」
 ヤマト艦長どのも形無しだな……ははっ。お前、相変わらず尻に敷かれっぱなしなんだ。
 なんだよー、お前だってテレサに怒られるぞ?待たせてるくせに。
「いーや怒られないね。…彼女は雪より100倍は寛大だからな」
「なにおう〜」
「俺が何したってテレサは怒ったりしないぜ〜」
「ウソつけ」「ウソじゃないって」「…雪だって怒らねえぞほんとは」

 島はニヤリと笑った。そんな嘘を吐いたってムダムダ…
 島の言い草に古代もムカ。

「ホントだって」テメ、島。ユキの方がテレサより百万倍優しいぞ。
「バカいえ〜、コ・ダ・イクンッ、一体何度言ったらワカルのッ!?」
 ユキのマネをして島が、妙な裏声を出す。
「…クソ…よ〜〜し、分かった!!」

 すた、と古代は立ち上がった。……ぐら。よろけたが、目だけはでろんと座っている。
「オレ今夜は帰らねえ!いいか、今日はこのまま飲み明かすぞ!」
「はあ?やだよ」
「テレサは怒らねえんだろ?じゃ付き合えよ」
「馬鹿言ってんじゃねーよ…」
「怒られんのか?そうだろう、お前はテレサに怒られンだな!ほら見ろやっぱり雪の方が優しくって寛大だって」
「…………。分かった!!じゃオレも帰らねえ!」

 てめ〜〜〜〜、そっちこそ後で吠え面かくなよぅ?ユキにボコボコにされても知らねえから!!

「ユキはそーんなことしねえもん〜、そっちこそテレサに引っ叩かれるんじゃねえかあ〜?」
「カノジョがそんなことするカア〜〜!!」

 売り言葉に買い言葉?
 思い返せばくだらない理由で、ふたりはそのままおぼつかない足取りで、夜の繁華街へと繰り出したのだった………

 


          *          *         *
 

 



(……島さん、今日は遅いのかしら…)

 月に一度の休暇には、帰宅する前にかならず連絡を寄越す夫・大介なのだが、その日に限って夕食が済んでも、母屋で彼の家族と「おやすみなさい」の挨拶を交わしたあとも、一向に連絡をして来る気配がなかった。

 帰宅が深夜になることだって…、あるわ。
 今までだって、遅くなるから先に寝ていてね、ということが何度もあったもの。

 だから、テレサは諦めて、リビングの照明を落し二階の寝室へ上がろうとした…… と、ビジュアルホンが音を立てる。
(ああ、やっとだわ…!)
 テレサの顔が、ぱっと明るくなった……
 だが、小さなモニタに画像は映らず。
 音声だけが、スピーカーから流れて来た。


<……テレサ?起きてる?>
「はい!……はい、起きています、島さん」
 彼はどこから話しているのだろうか、少々雑音が混じる。急いで壁のモニタに駆け寄って、返事をした。
<……遅くなって、ごめん。…ああ…と、今、タクシー…の中なんらけど>

 あら、変ね…。なんだか、ろれつが回らないみたい。……気のせいかしら?

 夫は溜め息を数回つくと、大儀そうに続けた。
<実はぁ、ええと…古代が一緒なんだ。悪いんだけど、リビングでいいから、ヤツの寝るところを用意してやってくれないかな…>
「……古代さん、ですか?古代さんがご一緒に?…これからいらっしゃるのですか?」
<うん……>
 真夜中なのは分かってる……明日の朝、追い出すから。布団一枚、敷いてくれればいいからさ……
<ごめんね>
「いいえ、それより…リビングでいいのですか?ベッドをご用意した方が…」
<いいんだ、気を遣わなくたって>
 あら、でも。そんなわけには行きませんわ。

 しかし、ビジュアルフォンなのに映像がカットされていること、そして大介の、どうにも済まないと言う口調。しかも、何が起きたのかしらとテレサが訝る前に、その『帰るコール』はぷっつり切れてしまった。


 仕方なく慌てて、使っていないマットレスを二階から引っぱり降ろす。それをテレサがリビングへ敷き終えたところに、玄関から物音が聞こえて来た。
 慌てて向かうと、そこには古代を抱えた夫の姿。

「お〜い、しっかり歩けぇ〜」
「あ〜……?」
 夫は右肩に古代を担ぎ、ずるずると引きずりながら敷地の門扉から歩いて来たらしい。左腕には大きな紙袋を提げている。
 どうしましょう、とテレサが狼狽えているうちに、大介は古代をどさりと玄関ホールに投げ出した。

「こ、古代さん、どうなさったのですか…!?」
 慌ててその傍に膝をついた途端、なぜ古代がこれほど正体をなくしているか、瞬時に悟った。…まあ…酔っぱらってらっしゃるんだわ。

「あ〜〜、ホントにゴメン。…愛してるよ〜、テレサ〜」
 古代さんだけではなかった。島さんまで……
 ごめんごめん、と繰り返すと、大介は抱えていた紙袋から白い箱を取り出し、ニコ〜ッと笑うとテレサにぐいと押し付けた。

「これ、キミにお土産。ちゃんと、履くんだぞ〜」
「えっ…?」 
 ターコイズブルーのリボンのかかった、銀色の模様の付いた立派な白い箱。
 これは何ですか、と問う暇も与えず、夫は古代を担ぎ直そうとし、どバタ!!!とまとめて廊下に転んだ…
(島さん、…お顔が…まっ赤)
 古代さんも、……。
「あの、お二人で…お酒」
 飲んでらしたんですね?

 いだだだだ。
「おい〜〜古代」立てねえのかぁ?しっかりしろよぉ。
 2人して、床にへばる。

 靴を脱いだ、ところまでは良かったが、すでに古代は白河夜船。大介はそれでも古代を肩に背負って、ずるずると這うようにリビングへと向かい……
「あー、ありがと〜〜… 布団〜」
 やぁっぱりテレサは優しいな。ちゃんと布団、敷いてくれたんだねえ〜…

「……あの…」
 箱を手に、後ろからついて来たテレサはリビングの入口で固まった。

 何となれば。
 古代をどさりとリビングに敷かれたマットレスに転がすと、大介もコートを着たまま、そこへ同じように転がってしまったからだった。
「あの………」
 あの。どうしましょう…。


 ぐうう。すぴー。


 とりあえず、二階から持って来た掛け布団を一枚ずつ。夫と、古代にそれぞれそっと掛けてやる。
 むにゃむにゃ。 ありがと〜〜……
 
 寝言なのか、それとも分かっていて言っているのか。大介が目を閉じたまま笑ってそう言ったので、テレサはふう、と溜め息を吐いた。
(……古代さんも、島さんも… )
 まるで小さな子どもみたい……。
 2人とも逞しい体つきの男たちなのに、どう見てもこの構図は遊び疲れてそのまま眠ってしまった、あどけない子どもたちのように見え。


 テレサは思わず、くすっと苦笑したのだった。

 



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