カレーライス (1)

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 金曜日は、カレーライス。


「どうしてですか?」
 えーと。……歴史としては古くてね、250年くらい前からある日本海軍の伝統で…


「船の中って曜日の感覚を無くしがちなんだよ。それでね、週に一回金曜日はカレー、っていう決まりが…」
 まあ、今じゃあそれも、なんとなく…だよな。
宇宙じゃ時間の感覚も、ともすれば吹っ飛んじゃうもんな…。
 島さんはそう説明しながら、口籠りました。

 簡単な料理だから。
 僕でも教えられるし。
 今日は金曜日だから……だから、なんとなくさ。


 というわけで、今、私たちの前にはまな板と包丁、お鍋と、野菜とお肉とルウ、が並んでいました。

 私、カレーライスって初めてです。

 そう言ったら、島さんは「あれ?」という顔をしました…… 私が地球に来るまでの間乗っていた船では、面倒を見てくださったお医者様の先生がお食事も出してくださったのですが、その中にカレーはなかったのですもの。
 島さんは「はて」という顔で腕組みしました。彼は、その船では艦長を務めていらしたからです。

「おかしいな…ポセイドンでも金曜はカレー、ってメニューに」
 ……ああそうか。
 あの船って、選べたんだっけ……


 ヤマトでは伝統通り、金曜日はカレーでしたが、それ以降の大型船舶では他のメニューも選べるようになったのだとか。
「君に出す食事だから、先生方が刺激物を避けたのかな」

 刺激物……。


「辛いのですね…?」
「いや、ルウは甘口買って来た」
「?」
「まあ、辛いといったら…辛いかな。でも、子どもでも食べられる程度さ」
「…子どもでも…?」
「そう。野菜は煮込むと甘くなるだろ」


 私はちょっぴり心配になってきました。島さん、カレーがお好きみたいです。お好きな食べ物なのに、私が…食べられなかったら。
 ルウの香りを嗅いだ感じでは、イヤな匂いではありません。むしろ…芳しい香りです。


 ……でも、私。

 コーヒーも実はダメなんです……
 香りは大好きなのですが、苦くってあんまり飲めません。
 お醤油にわさびも全然ダメだし、七味唐辛子もダメ、コショウも苦手。
 いわゆる香辛料の入ったもの、嗜好品と言われるものはことごとく、…苦手なんです。

 


 ああ、食べ物って大事。

 同じものを食べて、「美味しいね」って言えること、それはとても素敵なことです。それなのに… 私だけ食べられないなんて、そんな哀しいことはありません。

 しかも、食べたいから一緒に作ろう、作り方教えてあげる。島さんがいつになくそう張り切ってらっしゃるのですもの…エプロンまでして。まさか、食べられないなんてそんなこと、あってはいけないわ…!!
 心の中で、私は腕まくりしました。


「これ、こういう風に切ってね」
 島さんの言う通りに、お野菜を切ります。最近は、もう指を切ったりしなくなりましたし、カレーに入れる野菜は随分大ざっぱでいいみたいです。
「豚肉は僕が切っといたから、もう少ししたらここに入れて、一緒に炒めるんだよ」
「はい」

 お母様と一緒にご飯を作るときと、また違って…なんだか、新鮮です。
 島さんは器用で、調理道具の使い方も上手だし、手際もいいんです。お母様のお作りになるものは大抵何でも、同じようなものが作れるのですって。昔、古代さんと訓練で火星に暮らしていた時は、島さんがいつもお料理当番だった、って教えてくださいました。

「最初は当番制だったんだよ。だけど、あいつにやらせるとロクなことにならなかったからな…」
「まあ」
「でもさ、あいつ嫁さんもらったところでユキだろ…(笑)」
「?…ユキさんはお料理が」
「そう」
 ……僕より、下手なの。「あ。今の、内緒だぞ」
 そう言って島さんは笑ったけれど、私は…笑えません……


 『僕より、下手。』

 それって、私も…同じじゃないですか。
 同じどころか、きっと私の方が雪さんよりもずっと、下手……orz

 

 
 ちょっと顔にタテ線が降りてきてしまった私にはかまわず、島さんは、炒めた野菜にお水を加えて、お鍋の中身をゆっくりかき混ぜています……
「あとは野菜が柔らかく煮えたらルウを割って入れるだけね。…火を止めてから入れるんだよ」
 簡単でしょ?
 ご飯は炊飯器でスイッチ一つだしね……

「ん?どうした」
 私、いつになく深刻な顔をしていたのかもしれません。島さんよりお料理が下手。それは、どうにかしなくてはならないことなのでは…ないかしら……?
「別にかまわないじゃないか」
 お鍋をかき混ぜる手を止めて、島さんは笑いました。「…僕が出来るときは僕が作ればいい話だろ??古代んちは2人揃って料理下手だからアレだけど、うちは違うだろ…あははっ」
「…………」

 でも。
 君が作ったものは美味しいね、って言われるのが、私の憧れなんです……そんな奥さんに、なりたいなって…思っているんですもの…


 ぼそぼそと小声で言っていたら、島さんが私の顔を覗き込んで、目を細めました。
「…変なことに憧れるんだな。そりゃあ食事は大事だけど、君には料理よりもっと素晴らしいことが出来るだろう」
「……え…?」
「わからないの?」
「…私… 普通の奥さんが出来ることって、多分……ほとんど出来ないと思うんです。お料理は…こんなだしお片づけも得意とは言えないわ…」
「だから、家事なんか僕にだって出来る、って言ってるじゃないか」


 じゃあ、一体私には何が出来る、っておっしゃるの……?


 困り果ててそう問い直すと、島さんはお鍋の中身をかき混ぜる手を止めて、ちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべ。ボソリと小声で言いました……
「僕のことを…ものすごく愛してくれるだろ」

 私の頬が耳まで紅くなるって知っていて、島さんったらそんなことばっかり、わざと。

 ……でも、だって。どこのお家の奥さんだって、旦那様を…ものすごく愛して……

「本当に命がけで愛されてる男は、そう多くないさ」
 言いながら、島さんったらご自分までちょっと頬を染めているんです……

 


 この人を、どうしてこんなに好きなのか。

 理由なんか分かりません…でも、こんな風に笑って肩を抱いてくれる、その仕草に、言葉に…、その声音に。私、いつも胸の奥が熱くなるんです。すごく好き。あなたが好き…。その思いで胸がいっぱいになるんです……——

 



「さあ、できた♪」
 ちゃんと煮えてるかな?

 茶色のルウの海の中にゴロゴロと浮かんでいる野菜を幾つか小皿に取ってかじってみると、島さんは満足そうに頷きました。「うん、おっけー」

 ええ、とってもいい匂い。
 小さなお皿にご飯を盛って、とろりとカレーをかけてもらいました。
 カラい… って言うことは、分かっています。もしかしたら、駄目かもしれません。
 でも………

「命がけで僕を愛してくれる」って、島さんは私のこと、そう思ってくださってるんですもの。

 食べないわけにはいきません、例え命を賭けてでも…!

 

 

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)へ つづく。

 

  ……命、かけなくていいから。   さてお味の方は…?