カサブランカ(1)

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 この星(地球)に来て、私が一番驚いたのは。
 多種多様な「花の香り」でした。


 どれが一番好き?と訊かれても答えに困るのですが…、まだ南部さんの病院に居た頃に頂いた、大きな白い花の香りが一番好きかもしれません。

 百合、という花です。

 私、お花はどれもみんな大好きです… どんな色のものも小さなものも、シンプルなものも、大きなものも派手なものも。緑だけのものだって、とても好き。
 でも、百合…、あの花の香りが…一番好きです。


「百合か…君にぴったりだよ」
 島さんはそう言ってよく笑います。「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花…ってな」
「…なんですか?それ」
「君は花みたいに奇麗だね、って意味」
「……」


 奇麗、と言われるのは実は苦手。島さんは嬉しそうにそう言うので悪い気はしませんが、あんまり言われると恥ずかしい。鏡で自分を見ていても、そんな実感は湧きませんし…。
 ともあれ、島さんはお仕事帰りに時々、百合の花を買って来てくれるようになりました。

 


 
 その日は夕方遅くまでお庭の手入れをしていてすっかり汚れてしまい。私はお夕飯のあと、新居に早目に戻ってシャワーを浴びていました。
(今日は島さんがお帰りになるから… )
 そう思うと、頬がひとりでに緩みます。
 …身体、奇麗にしておかなくちゃ……。

 髪はいつものことながら、長いので洗うのが大変。雪さんくらいに短くしたいのだけれど、島さんが「もったいないよ」と残念がるので伸ばしたままです。
 洗い髪をタオルに包んで手足を洗いながら、ふと気がつきました。
 庭仕事のせいで、右手の小指の爪が欠けています。
(…まあ、大変)
 よく見たら、左手の薬指も。
 手袋はしていたのに、つい夢中になっちゃったから…。

 お風呂からあがったら、奇麗に切り揃えなくちゃ。

 そんなことを考えながら、ふと浴室の壁にある鏡に目を止めました。
 湯気で煙った鏡に映る、私の姿。
(…立てば芍薬座れば牡丹?歩くと百合の花…)
 そうかしら……? お花の方がずっと奇麗だわ。


 鏡は、クローゼットにあるものと同じくらい大きくて、全身がすっかり映ります。白い鏡面に、白く浮かび上がる私の身体。
 普段、あまり自分の裸を見ることなどありません。もしかしたら、私自身よりも島さんの方が、私の身体をよくご存じなのかもしれない……
 我知らず胸がどきんと鳴りました。

 鏡を、手できゅ、とこすります。

 はっきりと映る、裸の胸。上から見ているのとは違う…乳房の形。
鏡に映っているのが、島さんから見た私……
(イヤだわ。私ったら…何をドキドキしてるの…)
 シャワーで鏡全体を洗い流すと、全身がはっきり映って見えます。


 奇麗だ。
 君の身体…… とっても奇麗だよ


 ベッドでそう囁いてくれる彼の声が聞こえるようで、ぼうっと頬が熱くなりました…… 私ったら…変だわ…。
(百合の花……)
 買って来てくださる白い百合は、カサブランカ、というのだそうです。時々オリエンタル・リリーというのも買って来てくださいます。その香りも素敵です……

 ふと、思いました。

 島さんも、百合みたい。
 百合の、つぼみ。
 ……その、…あれが。似てるわ


 その思いつきに、急にものすごく恥ずかしくなって。私は一人でまた頬を押えました。


                    * 


「ただいま〜…」
 今日は結構早めに帰れたぞ。
 とは言っても、もう10時か……


 新居に灯りがついていて、テレサが母屋からこっちへ戻って来ているのを確認すると、大介は母屋へ顔は出さずに真っ直ぐ我が家の玄関をくぐった。

 花屋の開いてる時間に基地を出られれば、百合を買って帰る。
 それがここ数ヶ月のお約束である。

 滑り込みセーフでシティ・ウェストの花屋に駆け込み、カサブランカを一束。とはいっても丁度最後に残っていたその束は、開いているのが一輪だけで、あとはまだ全部つぼみ。ま、いいか、この方が長く楽しめるもんな……

 これでかまいませんよ、と言って1400コスモユーロ払い、とっとと帰途についた。

 さて、花束を持って新居へ帰ったものの。
(……あれ)
 テレサが迎えに出て来ない。まだ10時だ。寝ちゃってるわけじゃないだろうな。
 ふと耳を澄ますと、2階でシャワーの音がする。
(…………♪)
 いい所に帰って来ちゃった。
 カサブランカを手に、2階へ直行。

 思った通り、テレサはただいま入浴中、だった。

 



                     *

 



 シャワーのお湯が弾ける胸を、そっと自分で触ってみました。

 掌に乗る、丸い膨らみ。これを、いつも…島さんはこうやって……下から
「…ぁん」

 やだ。
 私ったら、おかしい……自分でしてるのに

 下から持ち上げるようにして、掌全体で… それから、乳首を
(…ぁぁ……島さん)
 いつも、彼がこういう風にしてくれる時は私、目を瞑っているから…揉まれた乳房の形とか、乳首がこんな風に尖っているなんて…知らなくて。
 それで、やっぱり、…それを見ていたら… 口に入れてみたくなるのじゃないか、って、思って…

 ああん、いや…いや。

 急に下腹部が「つきん…」としたので、これ以上こんな変なことを考えていたら駄目、って思いました。下に手をやってみたら、ぬるっとしたものがいっぱい出ていて。もう、恥ずかしい、私って…ばか。
(ああ、もう、もうすぐ島さん帰っていらっしゃるんだから、さっさと出なくちゃ)

 そう思ったのに… 思わず私、指で自分の中を触ってみたくなってしまったんです…

 
 浅く目を閉じて…
 右手の中指を、膣の中に少しだけ……あなたを…想いながら。

(……島さん… ああ島さん)

 そこは狭くて… 温かくて。指に触るどこもかしこも、柔らかいというよりは、なんだかざらざらしているみたい… 
(不思議…。こんなに狭いのに)
 カサブランカのつぼみのような、あんなものが…全部入るなんて……
 怖じ気づきながらももう少し奥へ。


 いつも…彼は、どうやっているのかしら


 シャワーのお湯が、急に胸に当たって私は身震いしました。丁度、落ちて来るお湯が乳首に当たって、思わず声が……。「あ……ん」


「……島さん…」
 あなたが欲しい……


 我知らず、そう強く思っている自分に気がついて、なんだか涙が出てきました……
 でも。

 白く煙る鏡の向こうに、あられのない姿が突然見えて、私は慌てて手を引っ込めたの……

(もう、やだ… 私ったら)
 今何時かしら。
 まだ連絡がないけれど、もしかしたら私がここでこんなことしてる間に島さん、帰って来ちゃうかも……
 そう思って、慌てて脚の間を手で洗っていた時です。


 急に、浴室の温度が下がって…背後のドアが開きました。気のせいかしら、カサブランカの匂いがします。
「…テ〜レサ」

 ……うそ


「きゃ…!」
 島さん?!
「ただいま。…長いシャワーだなぁ」
 君が出てくるの、しばらく待ってたんだぜ?


 慌てて振り向くと、ドアの隙間から顔を出して、島さんが笑っていました…… 
(……変な声、出してたの…聞こえちゃったかしら?!)

「いつまで経っても出て来ないから、俺も一緒に入っちゃうぞ。…それから、ほら」
「…!」
 裸で入ってきた島さんは、一抱えのカサブランカの花束を持っていたのです。
「これ。…どうせ茎を水切りするだろ」
 風呂場でやっちゃえば?
 そんなことを言いながら、片手で私を抱きすくめて……キスを。


 「ん…」

 
 おかえりなさい、は…?
 おかえり…なさい…あなた……

 


 カサブランカを、お湯を張っていない浴槽に置くと。
 私たちは両腕でお互いを抱きしめました——

 

 
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