SNOW WHITE (1)

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「…高度8000。大気圏内航行用主翼、収納。降下角25…!」

「地球防衛軍基地より、着陸誘導電波の発信を確認」

「高度6500、ヤマト、着陸ビーコンに乗りました…!」

 
 眼前に広がる、懐かしい…しかし火星の地表のようなあの大地。
 だが、ガミラスの冥王星前線基地破壊後、遊星爆弾の猛威から解放された地球の表面のそこここには、再建基地と思しき灯りと小さな建物が散在していた。人類は未だ生きている。

 …俺たちは、間に合ったんだ。


「……帰って来たぞ…!」
 左で、古代が涙声でそう呟いた。背後で誰かの洟を啜る音がする。


 ああ、…俺たちは……帰って来た…!


 思わず目頭が熱くなる。だが操縦桿を握る航海長の自分は、まだ気を抜くわけにはいかない。 赤い地表へ注ぐ視線はそのままに、島は黙って頷いた。

「…高度、3200。航海長、…地表収容ゲートの開口を確認しました…!」
 高度を読み上げる雪の声も、感動に震えている。彼女はまだ完全に回復していたわけではなかったが、ヤマトが地上に降りる時に寝てなんかいられないわ、と言ってこの第一艦橋に戻って来ていた。

「高度1000……600……」

「メインエンジンカット、補助エンジン、逆噴射制動…反重力スタビライザー作動確認」

「逆噴射制動」

 航海長の島と機関長の徳川だけが、最後の瞬間まで几帳面に読み上げを続けた……だが、彼らの頬にも幾筋もの涙が流れていた。

 


「…おい、聴こえるか?!」
「…!!」

 ヤマトはゆっくりと、着陸ビーコンの誘導するままに防衛軍地下ドックへと進入する——その勇姿を一目見ようと、ドックには数万、いや…数十万の市民たちが詰めかけ、迎えの歓声を上げていたのだった。


 ヤマト…!!

 ヤマト…!!

 ……ヤマト!!……ヤマト……!!

 


 ミサイルの爆発音すら遮断するはずの装甲を通して——

 8000度の熱にも耐える硬化テクタイトの分厚いキャノピーを通して……、その歓声はすべての乗組員の耳に届いた。


「速度ゼロ。着陸完了。…機関、停止」

「機関停止」

 島が、接続レバーを両手でぐっと倒す。ガチリ、と接続が切れ…ヤマトは静かに停まった——

「……古代」
「島…!!」

 第一艦橋でも、周囲を取り巻く大観衆の歓喜の渦と同様、歓声が上がった。思わず皆、立ち上がる。古代は操縦席に駆け寄り、握手を交わすのもそこそこに島と肩を叩き合った。背後から、雪が、相原が、太田が、歓声を上げつつ加わる。南部も眼鏡を外すと、おもむろにそのもみくちゃの輪に加わった。そして皆で共に見上げた頭上の通信パネルに投影される防衛軍本部の光景も多分に漏れず、感涙の声、歓喜した顔に溢れていた。

 涙に濡れた頬を光らせ、真田が若者たちの傍に立ち…メインパネルの画面中央に佇む地球防衛軍司令長官へさっと敬礼する。我に返った古代たちも満面の笑みを浮かべ、一様に最敬礼した。



 時に、西暦2200年9月6日——

 放射能除去装置<コスモクリーナーD>を携え、宇宙戦艦ヤマトは29万6千光年の旅から地球へと無事、帰還した。

 


 そして……

 地球人類は、救われたのである——。

 



           *         *         *

 



 地球防衛軍メガロポリス中央病院。
 
 生還したクルーたちは、長かった旅の間の疲れを取るため、また少なからず浴びているであろう宇宙放射線の影響を調べるため、全員がしばしの検査入院を義務づけられていた。真田と古代、そして佐渡の3人だけが、各々コスモクリーナーDの科学局への受け渡しと量産計画確認、艦長代理としての残務報告処理、…そして艦長沖田十三の検死報告などにそれぞれ奔走していたが、中央病院の特別区画に隔離されたその他のクルーたちは、数日間でその退屈な日々に飽き飽きし始めていた。


「もう、どこもどうってことないのになあ!」
「相原お前、ずっと頭痛がするって言ってたじゃないか」

 早く娑婆に出たいと騒いでいるわりに、昼間になっても青い縞模様のパジャマとスリッパ姿でウロウロしている相原に、南部がそう言い返す。  
 南部はと言えば、彼は異常がなければすぐさま退院するべく意志表示を欠かさず、毎朝きちんとシャツとスラックスに着替えて過ごしていた。
「頭痛はねえ、ヘッドホンの調子が悪かったからだよ、おしまいの方!」
「いや…全員、かなり放射線を浴びてるからな…。ちゃんと休養取らないと後でなんか問題出るぜ」
 ベッドに転がり電子ニューズウィークの端末をいじりつつ、スウェットスーツの島が口を挟む。相原だけがだらだらとパジャマ姿で居るのを見て、太田がくすりと笑った。
「ちぇ。…はいはい」

 名目は検査入院であるが、はっきり言うとこれは、取材攻勢を避けて充分な休養を取れ、という藤堂長官の配慮だった。病院内をうっかりうろついて、張り込んでいる取材の記者にバッタリ出くわすのは確かに面倒ではある。帰還後の国を挙げてのセレモニーで、皆が取材陣にもみくちゃにされた記憶を持つものだから、皆文句を言いつつもここに篭城している、という感じなのだった。
 


 一度宇宙放射線病にかかると、完治までが長かった。発病してしばらくは自覚症状がほとんどなく、だが放置すればリウマチのように体調不良として現れ始め、最後にははっきりと痛みを伴う潰瘍として目に見えるようになる。癌とは違い、転移しないのが特徴であるが、潰瘍の出た部分の痛みと全身に広がる特有のだるさは堪え難く、治療するには罹患部位の切除しか方法がなかった。しかも、身体の広範囲に潰瘍が出れば切除自体が不可能になる。そうなったら、死を待つしかない…。
 地球帰還を目前に逝去した艦長の沖田十三も、重度の宇宙放射線病と戦い続けていた。艦長はひた隠しにしていたが、おそらく彼に取ってその病との苦闘の日々は、29万6千光年の旅路を、想像を絶するほど過酷なものにしていたに違いない。

 実際、生還することの出来た67名のクルーたちの中でも半数以上が明らかに宇宙放射線病の症状を訴えていた…そう考えれば、第一艦橋のメインクルーらがほぼ全員無症状なのは奇跡といっても良いくらいなのだ。


「そういえば、…雪は、どうなんだい?」
 島が横目で南部に尋ねた。南部は時折、病院内を散策して情報を集めている。

 最終的に皆と一緒に任務を全うしたが、一度は仮死状態にまで陥った雪だ。
 ……ちゃんと静養しているのだろうか。

「雪さんも東病棟に入院中ですよ。アナライザーがつきっきりだそうで」
「なんだと」
 その場にいた全員が、かいがいしく看病する…というより、セクハラまがいのことをして雪に嫌がられているロボットを想像したのは言うまでもない。

「アンニャロー、余計なことしてねえだろうな…」
 そう言いつつ、島の脳裏にはピンクのスケスケネグリジェ姿の彼女が浮かんだ……いつだったか、ヤマト艦内の居住区画で廊下に飛び出して来た雪。黒いショーツに、上は…そのネグリジェだけだったような、…気がする。   

 非番だった彼女は、本を読んでいたら窓の外に相原君を見た、と言って動転して叫んでいたのだが、偶然そこへ行き会った俺と古代は、相原のことよりも雪のその姿に仰天したんだっけな……。

 耳たぶがちょっと熱くなる。まさか病院でスケスケ…、もないだろう。パジャマか…ネグリジェにしてももっと大人しめのやつだろうな……(いや、そうあって欲しいという個人的願望?)


「それが」
 ところが、南部が溜め息を吐き付き、眉間を押さえて言った言葉にベッドから転げ落ちそうになった。
「あいつ、森くんのネグリジェ姿を盗撮して持ってやがったんですよ。なんとピンクのシースルー。取っ捕まえて没収しましたけどね」
「えええーーーー」

 没収って、お前が!?
 ざけんなよ、見せろ!!てめーに独り占めさせるかァ!!
 何言ってんですか、俺は没収しただけで何も邪なことは!
 るせーー出しやがれ!
 


 相原と太田にもみくちゃにされる南部のポケットのどこからもブツが出なかったことにほっとしつつ。島はちょっと火照った頬のまま、電子ニューズウィークの画面に没頭する振りをした。

 ま、正直、悔しい。

 雪は、あのテストもしていないコスモ・クリーナーDを作動させるため、仮死状態に陥った…彼女がどうしてそんな無茶をしたかと言えば、それは一重に「古代進を助けるため」だったのだ。
(もしも、銃撃戦に出ていたのが古代じゃなくて俺だったら…。それでも彼女は、あんな無茶をしてくれただろうか?)

 そう考えたら、負けは明白だった。

(あーあ。雪が古代のものになっちまうのは時間の問題か……オレたちに残された時間は、あと数日、ってとこか?くそ)

 


 そこで島の思考は、ちょうど一年と少し前にさかのぼった。自分と古代が、火星へ訓練学生として派遣されるちょっと前のことである。

 


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