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「副司令、ご自宅からお便り来てますよ」
「ん」
無人機動艦隊全艦稼働中のCDC内は、熱気に満ちていた。
若くて優秀なコントローラーたちが真剣な眼差しで艦隊へとコマンドを送る中、だが司令官の島大介自身はメインブースでヒマを持て余している。
副官の吉崎がそれを見て、溜まっていた郵便物を届けにきてくれた。
(自宅から?)
なんだろう、なんでわざわざ郵便?ビジュアルホンで通信できないようなものを送ってくるとは…次郎かな?
小さなマイクロチップをブース内のモニタで再生してみる。
「……ユキちゃん美容室?」
と、タイトルにそんな文字が躍り出た。
なんだこれ……
笑顔満面の雪が映り。にこやかに始めた…
「はーい島くん、お仕事お疲れさま!今日は私とおばさまで、テレサを大変身させてみました!」
「?!」
反射的に背後を振り返る。
万一、部下が後ろにいて見られたら困るような画像が、出てくるような予感がしたからだ。
ほらほら、島くんに見てもらうんだから… !
映っているのは、自宅の母屋のリビングだ。母もニヤニヤしながら顔を出している…。
小声で手招きした雪の向こうから、躊躇うように出てきたテレサに思わず「え”」。
ぽかん、と口が開いてしまった。
…どう反応すれば良いんだ?…
というか、一体、なんだって…突然、こんなこと…(汗)。
しかも、テレサの格好は数パターンあるらしく、動画は編集されていて、スナップ写真の取れる画像までついている。
(雪のやつ… )
これを俺に、どうしろっていうんだよ……!
* * *
「島さん、午後中ずっと部屋にこもってるって?」
整備長の徳川太助は、島とは長い付き合いである。
熱があろうがかなりの怪我を負っていようが、滅多に自室になど籠らない島が、もう3時間ばかり自室から出て来ないと聞けば、彼が心配しないわけはなかった。
「いや…、体調悪いとかそんなんじゃなさそうなんですがね」
吉崎はそう呼び止めたが、太助は「しかしな」とかぶりを振る。
「島さんって人はね、一人で抱え込むんですよ。ギリギリまで相談してくれないから、こっちからどんどん聞きに行かないと、たまにえらいことになるんです……」
「そうなの?」
太助が訳知り顔で、そうなんですよ、それで何度か死にかけてるんですからあの人は!と鼻息荒く島の自室へ向かったのを、吉崎は肩を竦めて見送った。
(……あ〜〜〜家に帰りたい…)
一方、島はと言えば。
自室の壁に向かってそうブツブツ繰り返していた。
もともとお化粧なんかしなくたって、腰砕けになりそうなテレサの美貌。それを〜〜。ユキの奴う……
しかし…なんて可愛いんだ…。
こうやって壁に貼ると、君がこっちに向かって歩き出してきそうだ……
…ああ、抱きしめたいよ…!!テレサ……!
デスクチェアの背を抱くようにして反対向きに座り、壁に向かって深い溜め息。
「ああ…」
雪にまんまとはめられたようだというのは、この際もういい。でも。任務の間は考えたってどうしようもないんだ、テレサのこと考えてたら貴重な睡眠時間が削られる。一人悶々と自家発電してても虚しいだけだし… この基地にいる間は、泣こうが喚こうが逢えやしないんだから、テレサのことは忘れよう、とまで思うんだぞ。
それを〜〜〜〜!!
「テレサぁ……逢いたいよお……」
なんで壁に向かって遠吠えしてるのか、というと、である………
雪の送ってきたVHDから、スナップ画像を抜き出しプリンタにかけると、ほぼ等身大に印刷できるのだった。無論それを、部屋のどこかに貼らずにはいられなかった島である。
しかも、彼女の姿ときたらどうだ。
雪さんにお化粧を教えて頂きました。
どうですか?
島さんがお嫌だったら、やめます…… お返事くださいね。
そんなメッセージがついていて、君は… 声も出ないほど愛らしくなっていた、なるほど化粧というのは「化ける」「粧う」と書くわけだ、と心底納得させられてしまうくらいで… もちろん、他の女の子にだって「よく化けたなあ」とか、そう思ったことがなかったわけではないけれど、いや、「化けた」なんてこの場合語弊があるけどな、……いやいや、他の女の子の比じゃないって……
…ともかく、嗚呼。
間近で見たい。
こんな美しいひとが俺のものだなんて、改めて驚きだ…驚愕の一言に尽きる。
微笑む君の目を見つめながら、抱きしめたい、キスしたいーっ……なんて手を伸ばしても…。
……これは壁に貼られた写真なのであって…
うがああ。
だがしかし、突如そんな無駄吠えは引っ込めざるを得なくなった。
「島さん!…入りますよっ」
「あ“?!」
血相を変えた整備長の徳川が、ノックもせずに部屋に飛び込んで来たのだ。
「大丈夫ですかっ?!なんか深刻な問題でも起きましたかっ、どうしてボクに言ってくれないんです!! 島さんたらいつもいつも独りでっ…」
フリーズ。
徳川と、島の、時間が止まった。
あーーーー……
見られた………………
(いつもいつも?独りで?)
ああそうともさ、俺はいつも独りで無駄吠えしるよ、してるがそれの、何が悪い?
……そう開き直りたかったが、太助の顔を見てしまったらそれも思うようには出来ず………
「……言うなよ」
「い、言いません、誰にも」
「……き……きれいだろ…?」
「はい。すごく…」
「…他言無用だぞ」
「は…はいっ」
「…で、…この写真のことは忘れろ」
「え?…は、はあ」
「忘れろっつってんだよ…」
「(し、島さんコワイ…)は、はい…」
「思い出すな、2度と」
「は…はぁ」
「お前の脳内ですら、再生することを禁じる。そーいう意味だ!分かったな!!」
——限界距離いっぱいのワープを行う!
機関部、泣き言は聞かんぞ!ヒトフタマルマルまでにエンジン調整、レッドゾーンまで引っ張るからな!!覚悟しておけ!
徳川の脳裏に、そう怒鳴ったかつての航海長の姿が、走馬灯のように浮かんで…消えた。あの時、自分はこの人を、怖い…と思った、…が同時にすごい、カッコいい…と尊敬したのだけれども。
(……案外可愛いとこ、あんのな…)
壁に貼られた、テレサの写真(しかも等身大)。
それに向かって、ホームシックになってるなんて…
…ぷっ…うぷぷ…ぶはははは…可愛いっ!
殴られる前に。
島に背中をむけて、太助は部屋を飛び出した。
* * *
「でね〜、古代クン…」
島くんのお母様ったら、もうノリノリで。
「結局、6通りも写真撮ったのよ!…ほら」ふふふっ。
島の母がくれた、例の<おめかしテレサ>の写真を、雪は帰宅した進に見せた。
「へーえ…」
上着を無造作に脱ぎ捨てながら、進はダイニングテーブルに並べられたテレサの写真に目を落とす。
「…これなんか、あいつ好みなんじゃない?」
「やだ、やっぱりそう思う?」
「あはは…わかりやすいんだよな、あいつ」
自分の上着を床から拾ってハンガーにかけ直す雪を見ながら、古代は笑った。
「…ねえ…?古代君はどれがいいと思う?全部、私の力作なのよ?」
メイクは全部、私がしてあげたの。お洋服は…あのお母様の趣味だけど。テレサって、ほんと可愛いわよねえ…悔しいくらい。
古代は、そう言いながら自分にしなだれかかる雪の肩に手を回す。
「俺か?……俺は……」
写真を見ているユキの顎をもう片方の手で捕まえた…
「俺は、ユキが一番いい」
「……ンもう…古代君ったら… …うン…」
——君が可愛くて。
それぞれが、胸を焦がし…微笑み、愛し合う夜が更けて行く。
(島くん、テレサの写真……気に入ってくれたかしら?)
抱擁とキスからちょっとだけ目を逸らし。
雪はもう一度テレサの写真を眺め、…微笑んだのだった。
<おしまい。>
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<言い訳>
うぷぷぷぷ。
島が可愛い?
テレサが可愛いでしょ?
ユキ?
いや、太助が一番可愛いかな??
お化粧に興味を持ったテレサちゃん。まあ、ヒマですからね。色々とやってみるのはいいんじゃないでしょうか。で、こういうことには大抵ユキが一枚噛んでくる、と。笑。
そしてテレサにデレデレな島… 壁に貼ってるのがグラビアアイドルじゃなくて、ヨメの等身大の写真だなんて、面目丸つぶれです… しかも太助に見られてるし。(爆)。
島の仕事は、無人機動艦隊の基地司令です。無人艦隊…というと、副官がなぜか徳川太助。(「永遠に」)島と彼がコンビ組んで仕事していたのって、本編では無人艦隊だけなんですけどね。
なので、うちの無人艦隊絡みの話にはよく太助が出てきます。
………まっさかヤツが全身整形するとは思わんかったけど(整形じゃなくて、究極のハイパーダイエットかな?)笑。
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