RESOLUTION ll 第3章(2)

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 「外で待っていて欲しい」と女王から言い渡され、古代と大村は躊躇いつつ部屋の外へ出て行った。 

 次郎はそれを、苦々しい思いで見送る……
「…陛下。古代さんは艦隊の代表です。…同席して頂くのが筋では」
「申し訳ありません」


 申し訳ない、って…。
 駄目です、ということか。

 次郎は溜め息を吐き捨てる。

 そうでしたね、あなたはそういう人だ。
 ——女王様。
 意のままに振る舞うことしか知らない人。


 以前……、表敬訪問と移民交渉をした時のことが、次郎の脳裏に甦る。


 僕は一人、あなたの…この部屋に呼ばれた。

 あの時は… 大役を任せられてただひたすら緊張していた。

 衛星プラトー。あの美しい星、条件の良すぎる星に、あなたからあれほどすんなり移住を許可してもらえるとは思っていなかった。

(…あなたは、移民を許可するのは…僕を気に入ったからだ、と言いましたね。…それを鵜呑みにして有頂天になった僕は… 愚かだった)


「島さん…、どうか」
 懇願するように両手を握り合わせた女王を遮ると、次郎は切り出した。
「…陛下、知っていることをすべて話して頂けませんか。なぜ… 僕たち地球人類をプラトーへ迎え入れようと思われたのか。あなたが地球の科学力のうち、スーパーバイオテクノロジーだけでなく軍備に関わるものを要求したのはなぜなのか。……地球の移民船団を襲ったのは、何者なのか…?!」

 極力、感情を抑えて言葉を発したつもりだった。しかし、言葉の端々に滲み出る怒りや嫌悪感が伝わるのだろう。イリヤはさらに深くうなだれ、目を伏せた。

「……あんな事になるとは…思わなかったのです」
 ようやく絞り出すように再び言うと、イリヤは口元を手で押えた。
「どうか…許してください…島さん」
「…それでは分かりません!きちんとご説明いただけないなら、ここへ来た意味が無い!」


 まるで言葉で殴っているみたいだ。
 「しまった」と思うがどうにもならない……感情を抑えなくてはと焦るほど、言葉が刺々しくなってしまう。イリヤは、心底後悔しているように見えた…だが、一体何に後悔しているというのだろう。


「…あなたのご好意に甘えて、僕は同胞をここまで連れて来ようとしました。…ですが… あなたは…最初から知っていたのではありませんか?…サイラム恒星系、この近隣の宇宙国家が地球からの移民を快く思っていなかった、ということを?」
「……島さん」
 うなだれる女王に一歩近づき、次郎は声を落としてさらに問い詰めた。
「…SUSとは、何なのですか?我々を襲撃した戦艦に刻まれていた文字、あれはこの恒星系において使われる言語だ。僕の同胞を彼らが襲撃することを、あなたは……知っていたのでは」
「いいえ…、それは違います…!」
 女王は悲痛な表情で叫ぶようにそう言った。
 


 確かに私は、地球の科学力を欲しました…
 
 圧倒的な力を誇る宇宙勢力を、いくつも葬り去ったあなた方地球の軍事力を、我がアマールのために貸して欲しいと願いました。
 しかし…彼らがあなた方に刃を向けるとは、思わなかったのです——

 「彼ら?」

 すべてお話ししましょう——


 イリヤは深い溜め息を吐くと次郎に背を向け、ゆっくり踵を返してバルコニーに向かった。

 



          *          *         *


 


「古代艦長」
 低い声で呼ばれ、古代は背後の廊下を振り返った—— 
 
 藍と金の戦装束。

 アマールの、最高位の戦士の出で立ちである——褐色の肌に豊かな口髭を蓄えた気品のある顔立ちの漢が、そこに立っていた。


「あなたは」
「…パスカルと申します」

 パスカルはアマール宇宙軍を率いる、一の将軍だった。背後に部下を従え、気難しい顔で廊下の向こうから彼はまっすぐ古代の前までやってきた。

「あの」
「古代艦長」
 パスカルは古代の声を乱暴に遮り、強い調子で言った。いささか不躾な振る舞いだと古代は思ったが、相手は女王付きの最高位の軍人だ。艦隊司令とは言え、護衛艦艦長の自分ごときにへつらうような相手ではない…か。 
 古代はそう諦めてパスカルの次の言葉を待った。

「…即刻、我が星から退去して頂きたい」

 だが、パスカルの口から出たそのひと言に唖然とする。
 いきなり…出て行ってくれ、だって?


「…あなた方の移民船団は気の毒なことをした。だが今後プラトーにもアマールにも、あなた方に来て頂くわけにはいかなくなったのだ」
「…どういうことです?」
 将軍は驚いて尋ねた大村に、僅かな軽蔑の眼差しを向けた……
「ヤマトに出て行ってもらえさえすれば、まだどうにか間に合う」
「…説明してください、一体どういうことなんです…?」


 パスカルは苦々し気に言い放った。

「…我がアマールは、大ウルップ連合の末席に名を連ねる弱小国家だ。この星の資源鉱脈と引き換えに、我が星の平和は保たれて来た。連合を牛耳る最強国家も、聖なる鉱脈の存在ゆえに我らに手出しをしなかった。…だが、我らが女王はその隷属状態から抜け出そうと画策しておられたのだ」

「…!?」


 資源を供出するなら制圧しないでおいてやる、という…意味の平和。
 女王はその支配から抜け出そうとしていた……?


「この星の文明の様子を見ただろう」

 パスカルは廊下の突き当たりに見える豪奢なステンドグラス様の窓を見やった……「高度な機械文明を擁しながら、庶民は原始的生活を強いられている。それを疑問に思わなかったかね」

 我が星は大戦前に作られた旧式の戦艦しか所有を許されていない。市民は高度な文明の恩恵に預かることは出来ない。それはすべて我々の、体制に対する反抗を抑制するため…… 我が星の、連合からの独立を阻むための措置なのだ。
 
 パスカルは、ゆっくりと噛み砕くように話した… 

 流暢な言葉遣いである。高位の軍人でありながら地球人の言語に合わせて状況を理解させようと丁寧に話す姿に、古代は感銘を受けた。


 ……この男の話は、信用できる。


 パスカルは、眉間に皺を寄せながら絞り出すように続けた。
「——だが、我が星があなたがた地球人を迎え入れるとなれば、連合は黙ってはいない…」
「……そうかもしれませんね」

 長身のパスカルはそう相槌を打った古代に視線を落し、微かに頷いた…
「あなたがた地球人は、マゼラン星雲、そしてアンドロメダ星雲において名を馳せた星間大国の軍事力を我がものにしている。そのあなた方をアマールの衛星に受け容れるということは、我が星がその強大な軍事力をも手にするのも同じこと。……大ウルップ連合では、それを当初から懸念していたのだ」
「…当初から?」

 ってことは、島くんの最初の移民船団がここへ来た時からっていうことか……? 
 その大村の呟きに、古代はまだ頷けない…だとしたら、我々は……



「イリヤ陛下は…、あなた方を引き込んであわよくば共闘するよう仕向け、大ウルップ連合からの独立を勝ち取るおつもりだったのだ」
「…………!!」
 そうか… 

 次郎が女王に冷たく振る舞った理由はそれだったのだろう、と古代は合点した。次郎自身が、もしや薄々そうなのではないかと察していたのだ。だとすれば、責めを負うべきは女王の画策にまんまと乗せられてしまった自分だと、今頃己を罵っているのではなかろうか…?!


「だが」
 パスカルはそこで無念そうに瞼を伏せた……

「我々が決起する前に、…連合最強国家があなた方に、…あなた方の、それも最も弱い者たちに刃を向けるとは…。実のところ我々も予想だにしていなかった。地球市民たちがその犠牲になってしまったことは大変遺憾である」
 ひどく薄っぺらな謝罪の言葉だが、古代も大村もそれほど心を乱されることはなかった。この将軍は、自分の使える言語を駆使して、我々に精一杯謝っているのだと感じられたからである。
 
「…武人でありながら、このようなことを言いたくはないが」 
 ——私自身は…独立戦争を起こすことには反対だった。
 そして、そう続けたパスカルの表情は苦渋に満ちていた。


 ——例え隷属の身であっても、市民たちにはささやかであれ平和が約束されている。子どもたちが戦火に怯えず学べる世界。家族がひとつ屋根の下に暮らせる幸せ。つつましいながらも穏やかに暮らして行けるのであれば、私は…我が星が強国の隷属状態に甘んじることも、厭わなかったのだ…。

「……パスカル将軍」

 横顔に哀しみを滲ませてそう語るパスカルに、古代はふいに同情を覚えた。独立戦争を起こし自由を勝ち取りたいという君主に仕えながら、しかし市民の生活を守るため、一斉蜂起を認めたくはない彼の心情…… パスカルは、市民たちと女王の板挟みにあって一番辛い思いをしているのではなかろうか…。


「…古代艦長。ご理解頂けるか。…即刻ヤマトにこの星から退去して欲しいと願う、この心が」
 まだ間に合う。
 この惑星アマールそのものが、次の制裁の刃を向けられるのはそう遠くないことだろうが、あなたがたとの関係を絶てば被害は最小限に食い止められるはずだからだ。


 古代はだが、即答できないでいた。

 当然である…… 
 パスカルの要求通りにすれば、地球人類は行き場を失う。
 大村が動揺を隠しつつ、パスカルと古代とを素早く見比べた。
「…艦長…!」
 武人たちの鈍く光る鎧を、磨かれた石の廊下が反転して映し出す… 流れる静謐。それはさながら、波立つ寸前の水面がこの世の動乱を映し出してみせるかのようだった——


 その異様な沈黙を破ったのは、一人の兵士の慌てふためいた足音である。
「…将軍!」
「どうした」
 廊下の向こうから走って来た兵士が、何事かを早口に伝えると、パスカルの表情がさらに苦渋に歪んだ。
「…そうか」


 一体何事かと訝る古代たちにパスカルは向き直ると、厳しい表情のまま吐き捨てた。

「……SUSの攻撃要塞が近海に来ている。……残念ながら遅かったようだ。彼らは、この星への制裁攻撃を開始するつもりだ」
「えっ…SUS?!」
 大村の声がひっくり返った。


「パスカル将軍!」
 古代が走り出そうとする刹那の将軍を呼び止める。「大ウルップ連合の最強国というのは、…SUS、という国家なのですか?!」

「その通りだ」
 それがどうした、といわんばかりにパスカルは頷き、改めて踵を返す。

「……いずれにせよ、あなた方は奈落に足を踏み入れた。ここに留まって共に闘うか、滅び往く祖国へ逃げ戻るか、二つにひとつだ」



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