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「……手伝おうか?」
次郎と同じくらいの年の子だ…いや、もっと小さいかもしれない。
頭にはターバン状にぐるぐる包帯が巻いてあり、島と同じように眼帯をしていた。だが振り向いて片目を見張ったその顔には大きな火傷の痕が残り。胸にぶらさげた小さな点滴バッグが、放射線による白血病であることを示していた。遊星爆弾による被災者である。
「ホント?…ありがとう」
男の子が差し出した小さなメモリデバイスに、ともかく今日の分のニュースをダウンロードする。ついでに小銭をぶち込んで、自分の分も。
「ニュースなんか読むんだね。小さいのに、偉いな」
どう見てもまだ6・7歳のその子が新聞記事を購入する姿に違和感を覚えつつ…島はそう言って会釈した。
だが男の子はふいにうなだれ、首を振るとぽつりと言った。
「…これに…死んだ人の名前が毎日出てるから」
「え…」
…そうか、この子は…。
死んだ人の名前を確認するために毎日ニュースペーパーを買う、こんな小さな子が。つまりそれは、誰か親しい人……親か、兄弟、それに準じる大事な人が行方不明だからであって………
肩を落とした島が何か言おうとして躊躇している間に、男の子はすぐに笑顔に戻ると「ありがとう」と言い、車椅子の向きを変えた。
なんだか、自分が不甲斐なく思えた…… ヤマトの航海は無事に成功したし、地球は期待していた以上のスピードで着々と復興を果たしている。だが、市民一人一人に取っては未だ、大局の復興は絵空事。壮挙を成したと讃えられおだてられ…いい気になっていたが、その実はこんな小さな子一人、幸せにできない。コスモクリーナーを持って戻って来たらそれで無事終わり、だと無意識に感じていた自分が、恥ずかしくなった。
車椅子をうんうん唸りながら転がしてロビーの向こうへと遠離るその姿を見ていて、島はハッと我に返る。男の子はロビーの入口にある段差に苦労しているようだ……
「どこに行きたいんだ?押して行ってやるよ」
優し気な声に、男の子は振り返った。さっきのお兄さんだ。
お兄さん、ボクを追いかけて来たのかな?
「だいじょぶ。毎日やってるから慣れてるよ」
だが中央病院も、復興直後で未だ院内のあちこちがつぎはぎだらけの段差だらけである。
もうちょっと大きな子なら、島だって放っておいたかもしれない。だが、背格好が弟と同じくらいのこの子がたった一人で苦労しているのを、放置してはいられなかった。
「いいよ、きみの病室まで押して行ってやろう。その方が早くニュースを見られるだろ」
「いいよ…」
男の子は困ったように首を振る。「…お兄さんだって病気でしょ」
気を遣うその姿に、島は慌てて首を振ると、眼帯をむしってみせる。ほら、大丈夫なんだ、もう。
「僕は別に病気じゃないんだよ。ちょっと疲れが溜まってるから、休んで来い、って上の人に言われて入院してるだけなんだ」
「ふうん、そうなんだ」
男の子は面白そうにそう言ったが、ふう、と溜め息を吐いた……
「いいな。…ボクは…まだまだ、ここから出られない」
——重い放射線病だから。
「こっちの目はもうじき、見えなくなるんだって。…足も、動かないし…」
ズキンときた。
遊星爆弾の被災者はどこにでもいる。それにいちいち胸を痛めていたら、身が持たない…そんなことは嫌というほど判っていたつもりだったが、こんな小さな子がたった一人生き延びて…しかもこんな後遺症に苦しんでいる…
おそらくこの子の親は民間人なんだな。親が軍人なら…軍人か、軍属か、少なくとも軍関係者なら、政府からの手当てで優先的に高価な特効薬を処方されるはずだった。放射線病は、今や…特権階級にとっては、克服されつつある病なのだ。
「まあ、今お兄さんヒマだからさ…」
偽善。…欺瞞、かな…
行きずりの親切を施しても、それは己のくだらない罪悪感を宥めるだけのものに過ぎない。だがそれ以上、男の子を正面から見ているのが忍びなくなる。乗りかかった船だ。この子が行きたい場所まで…連れてってやろう、そのくらいのことはしてやりたい、と島は思った。
「いいからいいから。どっちへ行きたいんだ?」
「……いいったら」
モゴモゴいいながら、男の子は自分の車椅子の取っ手を握った島を躊躇いがちに見上げた。
「じゃあ……、あっち」
「で、こっち」
なんだかんだ言いつつも、男の子はこのヒマなお兄さんを活用しようと決めたようだ。
言われるがままに、島が彼を連れて行ったのは、地上6階に位置するテラス——連絡通路に作られた、小さな菜園だった。途中、確かにこの子が自力で越えるにはきつそうな段差が3つばかりあった……だからだろうか、男の子はすごく嬉しそうに、島に向かって礼を言った。
「ありがとう。ここ、上から見てて、一度来てみたいと思ってたんだ」
「そうか、そいつは良かった」
テラス…正確に言うと、いわゆるサン・ルーム。
病棟と同じだけの幅を持つ連絡通路の天井はクリアガラスで覆われ、階上の部屋の窓からはその内部の菜園全体を俯瞰することが出来る。
だが実際、今だ地下にあるこの中央病院の上空には地下都市の天井、つまり地球の内部、人工的に固められた岩盤があるだけで本物の空なんぞ見えはしない。
テラス内部からは地下都市天井への3Dホログラムの投射によって、上空に抜けるような青空の映像が広がって見えているのだった。
見えないはずのウソの青空を投影してみせるのが、市民の生活に一種のヒーリング効果を与える、とお偉方は信じている…例えその青空の映像が、すでに飽きられた、数パターンしかない<空の映画>、だとしても……。
「…ここから見てもやっぱり、“この”青空かあ。…本物の空は、どんななんだろう…」
上を見上げていた男の子は、ふいにそう呟いた。「…僕が生まれる前は、空は青かった、って聞いたの。青い空がどこまでもずうっと広がってるんだって」
「…………」
次郎が同じことを言っていた。
2192年生まれの次郎は、「本物の青空」をまだ見たことがない。最初の遊星爆弾が降ったのが、次郎が生まれる少し前のことだったから、である。
「……ヤマトが帰って来たから、もうじき、みんな地下から外へ出られる日が来るよ。その頃には、空も青さを取り戻しているさ…」
「…………」
男の子だ。ヤマトと聞けば、ちょっとは元気になるだろうか。
ところが、男の子の口から出た言葉に、島は絶句した。
「…ヤマト…。…僕のお父さん、ヤマトに乗ってたんだよ。…でも、まだ迎えにきてくれないんだ」
ちょっと待て……
父親が軍人、しかもヤマトクルーだった?!
なのに、この子のこの扱いはどうだ。市民IDがヤマトクルーの家族だってことを証明しただろうに、なぜ…?!
「……君、名前はなんていうの?」
理不尽さに、島の若い正義感が反発し始める。おかしい。従軍する兵士の家族が受けられる、高額な疾病手当て……それはヤマトが出発する前に出された、軍と政府からの補償制度に明記されていたはずだ。
「……藤原歩。歩く、って書いてアユム」
お父さんは、フジワラミノル。木の実の実、でミノル。「…でも、死んじゃったかもしれない。ヤマトではいっぱい死んだ、ってみんなが言ってたから。…だから…」
だから、新聞を——。
「…僕が調べてあげようか」
えっ、と見上げる顔に無理矢理ニコッとしてみせた。お兄さん、ヤマトに知り合いがいるから、なんとかしてあげるよ。
藤原実、という名に覚えはなかったが、元同じ船に乗り組んでいた人間だ。幾らでも調べようはある。この子一人が、重度の怪我を負ったままここで放置されているわけも。
一体、どうなってるんだ……!
やり場のない怒りを持て余し、島はついと空を見上げた。
「歩くん!!」
しかし、唐突に男の子を呼ぶ声にその思索の糸は断たれた——
テラスの入口から、血相を変えた若い看護師が一人、転がるようにやってきた。息を切らしている。彼女は歩と島を交互に見やり、はあはあ、はあーー……、と安堵の溜め息を吐き出した。
「…よかった、もう…どこへ行っちゃったのかと思ったわよ…!!」
しまった…、と島は半分顔を伏せた。この看護師はこの子を探してあちこち走り回っていたのだ……普段は越えられないだろう段差を、俺が手を貸して越えてきちゃったからだ。
「えへへ、ごめんなさい」
歩は肩をすくめて笑った。
島は、慌てて尻ポケットに突っ込んだ眼帯を出して着けようと、背中を向けた……看護師には、自分たちヤマトクルーの面は確実に割れているからだ。
「勝手に病室を出ちゃ駄目よ、ってあれほど言ったのに。しかもこんなところまで来て」
ここに来たがってたことはわかるけどね、でも…
「このお兄さんにつれて来てもらったんだよ」
わっ、歩くんそれは内緒にしとこうよ……そう思ってももう遅い。
「………あ」
えっ、と改めて島を振り返った看護師の顔に、驚愕の色。
だあー…、やば…
「あ… あなたは…!」
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