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「あ、お帰りなさーい」
4人部屋に戻ると、ケダモノが3…いや2匹、待っていた。
どたたた。
相原と太田が詰め寄ってきて、早速訊問。
「……なんなんですか〜〜、さっきの!!」
「何って。…看護師だろ」
「っっかああああ!!すっとぼけちゃって!」
「いつの間に口説いたんですか!?どこで引っ掛けたんですよ?!」
「うるっせえなあ、そんなんじゃねえよ」
しつこい相原とクドい太田に閉口しながら、島は隅でニヤニヤしている南部に訊いた。
「南部。…戦災孤児の行く施設って、現状どんななんだ?お前、知ってるか?」
「は?…養護施設ですか?」
「うん」
まぁた はぐらかして!
後ろでグダグダ言っている相原に、島は「うるさい」と手を振った。
南部は庶民の俺たちと混ざってこんなところにいるが、実は北半球最大手の軍需産業を取り仕切る財閥の御曹司だ。そんな社会の底辺のことなんか、知らないかも…… そうも思ったが、彼のネットワークと所有する情報の多様性は半端でないことも事実。果たして南部は、ちょっとだけ眉根に皺を寄せると答えた。
「……遊星爆弾で保護者を無くした子どもの数は、日本自治州の今の人口の約15%を占めます。地球全体ではすごい数ですよ…。国内の15%の孤児のうち、14歳未満、軍や企業でも受け入れられない、つまり兵役にも労働にも就けない年齢の子が90%。それを全部、国の施設で受け入れられてると思います?」
「…………」
何の話です?
太田も、にじり寄ってきた。
「……うちの会社の株主総会や理事会でも、養護施設への寄付をどうするか、ってことでかなり揉めたんで覚えてるんですが…」
公立の養護施設にあぶれた子の受皿は、民間の施設です。でも、施設ってのは名ばかりで、実態は酷いらしい。
この話、…あんまりしたくないんだよなあ……。
南部はそう言うと、溜め息を吐いた。
「おい。もったいぶらないで全部話せよ。…酷いって、どう酷いんだ?」
「…だからぁ〜…」
問い詰められて、困ったような顔をする。「島さん、この手の話聞いて怒り出すタイプでしょ、無駄に正義感強いから。…古代さんは経験上いくらか知ってるみたいだったけど…、あの人は諦めが良いっていうか、淡白っていうか」
「ゴタクはいいから、早く話せ!」
はいはい。
そう言って南部が話し出した「養護施設の実情」は、想像以上に惨憺たるものだった。
劣悪な衛生環境。養護施設というより強制収容所、といった有様。教育も満足に施されず衣食に事欠く施設すらある。あくまでも噂だが、医学の発展のための生体実験に回される子どもたちまでいるという。社会の厄介者、復興の足枷。未来を担うべき子どもたちが、大人たちの社会の困窮の犠牲となり、蹂躙されている、それが現実だった。
「企業からの献金目当てに子どもたちをPRに使う民間施設もあるんですよ。そういうとこへは多額の寄付をしても実情は変わらない…子どもたちの状態は悪いままで、みんなトップの私腹を肥やす目的で使われちゃう。だから、今じゃ献金も寄付も、かなり用心するようになってます。うちの社の上の方の人間はみんな、しつこいくらい現状視察に行ってますよ。そこで現実に見てきたことだっていうから、まあまず間違いないかと」
南部は、それでもかなりのことをオブラートに包んで表現していたようだった。確かに、島の義憤や正義感を揺さぶるには、充分な内容である。
「……酷いな。可哀想に…」
相原も神妙な顔つきで呟いた。
「でもさあ、企業が寄付しなくなったら、もっと悪い状態になっちゃう施設もあるんじゃないの?」
「…そうだけどさ…」
南部は、だからこの話はいやだ、って言ったんだよ、と付け加えた。
「しょうがないじゃないか。困窮してるから施設に寄付を、って企業が動いても、施設のトップがそれをポケットに突っ込んじゃうんじゃあ…」
しかも、現実にそうした劣悪な民間養護施設の割合は、良心的な養護施設のそれをはるかに上回る、というのである……
そうか、それでか。
島は、彼女の様子を思い出した。
あの看護師、沢渡雪乃がどうしてあんなに… 必死で自分に頼み込んだのか。
「歩くんを、擁護施設に行かせたくないんです!どうか…力を貸してください…!!」
かといって。
俺に、一体何が出来ると言うんだろう…?
* * *
検査も終わって、娑婆に解放される日を明日に控え。
島は、雪乃と一緒に6階の例のテラスに来ていた。
もちろん、歩が一緒である。雪乃と2人っきりで会えば色々と面倒だし、歩が傍にいればいらぬ誤解を招くこともない。相原や太田や南部が、なんだかんだ言って上層階からこのテラスの自分たちを監視していることも、承知の上だった。
「……明日、退院ですね。色々相談に乗って頂いて、…ありがとうございました」
菜園の緑の中に「ミニトマト」「カブ」「タマゴナス」などの小さなプレートを見つけ、車椅子から乗り出すようにして指差す歩に付いて歩きながら、雪乃は名残惜しそうにそう言った。
「……役には…立てなかったけど」
「いいえ」
正直なところ。島は何もできないままだった。
歩はまだ当分入院が必要らしいが、症状が安定次第民間の養護施設に入ることがほぼ決定したらしい。
いくらヤマトクルーとはいえ、たかだか19の自分が出来ることなぞ、本当にたかが知れていた。島は今、それを嫌というほど痛感していた。
「…いいんです。……噂のヤマトクルーの、それもトップの航海班長さんが、こんなに…優しい人だったなんて。それが分かっただけでも、あたし…」
視線は少し離れた所にいる歩に向けたまま、頬を染めてそう口籠った雪乃に。
島は思いがけずそれまでにない好意を覚えた…… 何にでも必死な所がひどくいじらしい、ふいにそう思った。
(あれ?)
古代に持って行かれたとしたって、自分のアイドルは森雪だ。…今の今まで、そう思っていたのに。
雪乃は、同じ「雪」でも森雪に比べてしまったら…掌ですぐに溶けてしまうような淡雪、といったイメージがぴったりの、素朴な子だった。どこにでもいるような、目立たない女の子だ。だが、世の中の理不尽に立ち向かい、歩のような弱い存在に一心に寄り添おうとする姿は、感動的ですらあった。
「……退院したら、…外で…会わないか?」
だから、自分の口をついてそんな言葉が出たのにも、さして驚かなかった。
驚いたのは、雪乃の方だっただろう。
えっ……!?
そう言ったきり驚いて口も利けなくなったのか、雪乃はぽかんとして島を見つめた。その頬が、見る間に真っ赤になる。
「うそ…」
「あ…いや、歩くんのこと。…諦めるのも癪だろ」
「え…」
やだ、あたしってば…。
雪乃は途端に頬を押えた。「会おう」って、なんか違う意味だと…思っちゃった…。
あまりにも雪乃が照れまくるので、島の方まで赤くなる。
「き……君にもまた、逢いたいし」
「…っ…!!」
今度こそ本当に、雪乃の頬が耳まで赤くなった。口元が、何か言おうとして開いたり閉じたりしている。そそ、そんな、あたしなんか…こ、こまっちゃったな、ええと、どうしよう…
……声にならない独り言。
島はくすっと笑った。
(……可愛い)
「…いや?…嫌だったら別に」
「嫌じゃないですっ!!」
照れて躊躇している相手に決心させるには、一旦引く。自然と身に付けた方法だが、これで失敗した試しはない… 名誉のために断っておくが、これは男女問わず有効な手法だ。
「じゃ、…これ。僕の連絡先」
頬を押えて立ち尽くしている雪乃に、さり気なく小さなメモを手渡した。
ちらり、と上を窺う。
特別室の窓辺に、張り付くようにしている顔が3つ。あいつら、気づいたかな?
「あ…あの」
「僕にも何か出来ることがないか、調べてみるよ…」
「…はい」
歩くん、島さんにサヨナラ言って?
雪乃に呼ばれ、歩が振り向いた。
「また会おうな」
「うん。…ありがとう、島さん」
またね、と手を振り返すその無垢な笑顔が、しばらくの間…彼の脳裏にこびりついて、離れなかった。
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(6)