SNOW WHITE (6)

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 宇宙艦上戦闘機や小型探索艇、それに地球にたったひとつしかない超弩級宇宙戦艦(しかも設計図はイスカンダル製)なら、世界中の誰よりも上手に動かせる、というのに。なぜか普通乗用エア・カーの免許を持っていない島である。訓練学校から直接生活訓練のために火星へ飛ばされたのだから、それは致し方ない…とはいえ。


(だぁ〜めんどうくせえっ…)
 一般人に混じって、普通の教習所でエア・カーの免許を取らなくちゃならない、だなんてまさかの想定外。
 しかも、島の顔は他のヤマトクルーたちと同様、すでにメガロポリスでは『有名人』としてそこそこ知られているものだから、教習所でも否応無しに好奇の的になる。


 あの人、ヤマトのクルーだったんですって
 あ、知ってる知ってる!
 しかも操縦してた人でしょ?
 なんでそんなのがこんなとこに免許取りにきてるんだよ?
 

 芸能人がお忍びで免許を取りに来る…のと似ている。芸能人だろうが軍人だろうが、普通乗用車のライセンスは普通免許の教習所で取るのが当然だ。なんでこんなとこに免許取りにきてるんだよ、たって、どうしようもないだろ…と島はボヤいた。


 相原と太田も、「なんでまた」と言っていた。

 俺たちならまだしも、島さんは「運転手」だったんですからね。そりゃあ、その辺の教習所なんかに行けば珍しがられるに決まってますよ……

 だが、車の免許を手に入れるにはこれが一番早い、と判断したのは島自身だった。集中講座を受ければ6日間でライセンスが発行され、それさえあればその足で自家用車を買って、速攻乗って家に帰れる、というわけである。


 どうしてまた、急にエア・カーの免許なんか?
 首を傾げた南部に、島はニヤリと笑って言った……「外でデートするのに必要なのさ」

 はあん。
 南部もニヤリと笑い返す。

「お前んちみたいに、運転手付きのデート、って訳にはいかないからな」
「はははっ。そうそう、ちなみにリバーサイドのドライビングスクールが評判良いって知ってます?…よかったらそこ、行ってみてくださいな」
「ああ、サンキュ」



 療養期間も終わり、次の辞令が降りるまでの数週間。雪乃と会うにしても、その間しかなかった。古代が言っていたが、俺たちはおそらく、またしても外宇宙へ飛ばされるらしい…あいつは資源輸送艦隊の護衛、俺はおそらく輸送艦の操縦士だろう、ということだ。

 古代に、「彼女見つけたから車でデートするのに免許を取っている」と言ってやったら、どんな顔をするだろう?あいつも確か、車の免許なんか持ってないはずだ。

(フフン、古代。なんでも俺より先に行けると持ったら大間違いだぞ…)



 さて、南部推薦の「リバーサイドのドライビングスクール」へ通うこと、3日目。
 例によって、ヒソヒソと通り道で噂話に興じているパンピーをかわしながら、島が通路を歩いていた時だ。


 …うそ、さっきの人もそうなの?!
 ヤマトクルーだって。
 っていうか、あれ……
 艦長…?だか艦長代理だか、やってたってヤツじゃん
 ホントか?!

 自分の噂をしてるのかと思いきや、連中の視線の先にあったのは。
 ……ウッソだろ。

(古代…!!)

 ヒソヒソ話にはことのほか無頓着な親友が、教習所の受付にまごついたような顔で突っ立っているのを目にして、島は。
(こんなとこでまで、お前と競争するのはゴメンだ!)
 あいつに見つかる前に、とっととライセンス取ってずらかる… それしかない…!そう心を決める。

 知り合いだなどという素振りは微塵もみせず、島は回れ右をして古代に背を向け、教室へと退散しようとしたのだが……

「あ、島ぁ!!」

 ………チッ。


 朗らかな声が後ろから飛んできて、否応なく立ち止まるはめになった。
「良かった、…南部に訊いて来てみたんだけど… ここ、どうも居心地悪いな!」
 いやあ、お前が居てくれて良かったよ、もう何日か通ってるんだろ?一緒にやろうぜ、な?!

 ………南部の奴。……はめやがったな…。

 島の冷ややかな視線に気づくこともなく、古代は「まいったなあ」と話し始めた。
「実はさ、島。俺… 車、買ったんだ。雪がドライブ連れて行って、ってうるさいんだよ…」
 免許もまだないのにさあ!まったく女って奴は、どうしてああワガママなのかね?
 屈託なく話す古代、しかし
島は途端に仏頂面だ。

(あぁ?車、買っただと?…普通…免許取ってから買うだろ!順序、逆だろお前!…しかもなんだって…?雪が?)

 いやはや、甚だ面白くない。


「…古代。俺は今日から路上教習だから、こっちの教室なんだ。…悪いな」
「え?そうなの?」
「…じゃっ」
 ふうん、そうか…。じゃぁまたあとでな。

 淋しそうに手を振る古代に、無愛想に背を向ける。…ということは、ほんの2・3日遅ければあいつとまるまる一緒にここへ通うはめになってた、ってワケだ。南部の奴、知ってて面白がってたな。…しかも、免許取ったって俺の方は車がない。
(ああっ、イラつく)

 ……そのイラ付きの原因は無論。古代にあるわけじゃない……
「雪がドライブ連れてって、ってうるさいんだ」
 ……やはりそのひと言が癪に触るのだ。

 このオレが、あいつにいつまでも負けっぱなしだなんてそんな理不尽な。……あいつが、俺の憧れの女を手に入れるその同じ頃に、この自分が独り身だなんてそんなこと。
 10代最後の、大人になり切れない負けん気が、そんなの許せなかった……ってだけのことだったのかもしれなかった
——

                         *



 集中教習の最終試験を輝かしい成績でトップ通過(?w)し、島はライセンスを手に入れた。あとから通い出した古代も、教習所の教官が目を丸くするような成績でそこを出たらしいが、そんなの知ったこっちゃない。
 そしてライセンスが交付されたその日に(政府から支給された驚くほどの額の)恩給で、島は初めて自分の車を買った——ネイビーブルーのスポーツカーだ。この車の助手席に乗せたかった女は、本当は……。

 いや、もうそれはよそう。
 
 だが。
 病院の外で会った雪乃の姿は、島の自尊心をそこそこ満足させてくれるものだった。


「あのっ、こ…こんにちは」
 

 待ち合わせ場所に選んだターミナルのロータリーに見つけた私服の雪乃は、すれ違う野郎どものうち3人に2人は振り返るだろう、という申し分のない愛らしさである。
「や…やあ」
 島もぎこちなく挨拶。
 淡い花柄のミニ丈のシフォンワンピースに、フォークロア調の白いレース編みのジレ、ミドル丈のブーツ。
(わ……可愛いな)
 慌てて自分の服装を頭の中でチェックし直した。…良かった、へタにスーツなんか着て来なくって。モノトーンのデザインTシャツに白いコットンジャケット、細身のブラックジーンズ。…よし、大丈夫。

 待たせちゃった?
 いいえ!

 茶色のセミロングの髪。頭の右側にだけちょこんと結んだ小さな髪の束に、何か光る飾りがついている。一生懸命オシャレして来た、って感じがとっても可愛らしかった。

「じゃ、…行こうか」
 助手席のドアを気取って開けて上げようか、などと思うが、生憎この車のドア操作はフルオートマティックである。助手席に座った雪乃に、ちょっと照れて笑いかけた。…会えて、良かった。

 ……古代に見せびらかしてやれなくて残念だと思った…、なんてことは…内緒だ。
 

 


           *    
      *          *

 


 さて。
 この日を初デートに選んだのには実は理由があった。

 この秋の午後……

 およそ12年に渡って市民たちが直に見ることの出来なかった「地表の様子」が、一般に公開されることになっている。

 地表から2000メートルの深度にある地下都市/第5階層に位置するメガロポリス中心部から、地表近くに広がる地下100メートルの第1階層まで、軍の搬送用大型エレベーターが解放される。第1階層の天井には厚さ2メートルの硬化テクタイトグラスが使用された大天窓が作られた。

 そこから、コスモクリーナーDによって浄化された大地の一部と大空が肉眼で見渡せるのだ。


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