SNOW WHITE (7)

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「あの、ええと」
「なに?」
 雪乃は並んで歩く島に恐る恐る訊いた… 

「…私なんかと一緒で…良かったのかな、って思って」
 ある意味で、記念となる日だから…。
 ご家族と一緒じゃなくても良かったんですか?

「ああ、僕たち軍関係者には、先週公開されてるんだ。家族とはその時一緒に来たから、いいんだよ」
「そ、そうなんだ…」
「…沢渡さんこそ、家族と一緒でなくて良かったの?」

 そういえば、と島は焦って聞いた。雪乃を誘った時、自分は粗忽にも彼女の家族のことを聞かなかったのだ。
「あ…うん」
 彼女が口籠る。
(……もしかして)
 やぶへび…だった?!

 ついで彼女の口から聞かされた言葉に、案の定後悔。
「…私も、歩くんと同じで。…家族は…」
「……ごめん」

 しかし、うなだれた島を気遣うように雪乃は慌てて笑った。
「いいの、気にしないで。…今時、家族が全部戦死なんて、よくあることだし」

 そんなの、私だけじゃないもん。


 先週招待されて空を見たのはほんの10分程度だったが、あの時青い空を見て呆気にとられた次郎の顔は、ひどく印象的だった。
『大介兄ちゃん、……空って、<ほんとうに>、青いんだね…!』
 まだ信じられない、といった様子の次郎に、そういえば歩くんの顔が被って見えたっけ…。

(あの子にも、早く見せてやりたいな…)

 島の心中を察したかのように雪乃が言った。
「…歩くんに、『僕の代わりに本物の空を見て来てね』って頼まれたわ」
「…そうか」
「しっかり見て帰らなくちゃ!」
「そうだね…!」


 地下都市のある第5階層から、軍の大型エレベーターに分乗し、第1階層へと上がる。多くは家族や恋人同士、今日のこの公開を楽しみにしていた市民たちだ。中には、一人きり黙々と列に並ぶ者もいる…。

 皆、自分たちが最後に見た地上の様子を口々に話していたが、次第にその口数は減って行った。

 誘導に従って列を作り、第1階層の天窓がある大ホールに徒歩で進む。誰もが、ほとんど口を利かなくなっていた。地上の様子は、もちろん日々ニュースで市民たちに伝えられているが、いまだ分厚いガラス越しとは言え自らの目でそこを見るのは、実に12年ぶりだったからである……

 島は、隣にいる雪乃が大きく震える溜め息を吐いたのに気がついた。
 手を握ってやろうか… いや、やめようか。
 躊躇って…、やはり手を引っ込める…。


 ふいに歩く人の列が止まり、自分たちが大ホールの中央あたりまで来たことに気づくのと同時に、場内アナウンスが感動的な瞬間の開始を告げた。

<…本日は一回十数分の公開ではありますが、一般市民の皆様にも地球が取り戻した青い空、そして僅かに緑の芽吹いた大地をお見せできることを大変喜ばしく思っております……皆さんの現在おられる場所は、関東地方・房総丘陵にあたります。頭上の天蓋ドームが開きましたら、オーロラビジョンにて右手から順に地形の説明をいたします… >

 まさに今、頭上で開かんとしている巨大な金属製のドームは、元は宇宙戦艦のドックへ通ずる地上用ゲートだった。こうしたゲートのうちのひとつを通って、ヤマトも地球に帰還したのだ。
 島は、自分がヤマトを操縦して大気圏に突入した時の、…赤茶けた大気を思い出す。眼下に広がる錆色の大地。
 先週軍上層部に招かれて見た時は、確かに空色が広がっていたが、まだ地表に緑はなかった。

 ところが……


「………!」
 雪乃が、傍らで息を飲んだ。
 同じように、計らずも島自身…眼前に広がる光景に思わず小さく声を上げそうになる。
 周囲の人々の間から、口々に溜め息や感動の声が上がった。隣にいる老婦人が、夫君の肩に顔を埋めて泣き崩れる。

「……緑が」

 雑草?芝のような…丈の短い草だ。汚染に強いタイプの下生えだろうか、何という植物かは分からないが眼前に広がる大地には一面、緑が広がっていたのだ。もちろん、未だ爆撃の痕と思しきクレーター様の部分や破壊された建物の残骸らしきものも見えている…だが、下生えはそれらを半ば覆って不思議な緑の小山に仕立てていた。さらに……その上に広がる雲ひとつない青空に、その場に居た人々がすべて、感嘆の声を上げた。


 もう2度と…こんな景色を見ることはないと思った。
 浄化されたふるさとへ、生きているうちに戻れるなんて…思ってもいなかった… 


 雪乃が、口元を片手で押えた。
(…泣いてる?)
 コスモクリーナーDを持って帰った自分たちですら、この奇跡をにわかには信じられずにいた……あれは科学局で複製され、同じものが何台も稼働して、今全世界の空と大地を浄化している最中なのだ。…それでもこんなに短期間に、まさか緑が…甦るなんて……。


 今にも泣き出しそうな彼女の肩に、そっと手を回す。島自身、誰かに抱きついて泣き出したいような気分だった…。
「…島さん」
 感動してこちらを振り向いた彼女の目には、間違いなく光るものが溢れている。
「……ありがとう……本当に、ありがとう…」
 雪乃は抱き寄せられるままに、島の肩に額を押し付けた……

 ……お礼なんて。

 言われる筋合い、全然ないよ…。
 俺なんかじゃなく、あの任務のために命をかけて、帰還できなかった皆のためにその言葉は言ってくれ。


 ——そう思い、島はぎこちなく首を振った。

 


           *          *         *

 


 一般公開に訪れる市民の数は膨大なため、一度にホールに入れる人数は限られる。島と雪乃がそこに居たのも、正味十数分、という所だった。

「…もっと見ていたかったな…」
 次の観覧者たちのためにホールから退出しながら、雪乃は名残惜しそうに振り返った。
「あの空の下に出られる日も、そう遠くないさ」
「……うん」
 並んで歩く彼女の右手をそっと握る。
「……!」
 華奢な指が、島の手を握り返して来た。

 左手で目尻に残る涙をきゅ、と拭い、雪乃はこちらを見て微笑んだ……
 感動的な場面を共有したからだろうか。
 雪乃の笑顔は、その日最初に会った時よりもずっと柔らかくなっていた。

 


              
     *
 



 さて、その後——
 エア・カーのナビモニターに表示された幾つかの遊興施設を見比べて、島と雪乃は考え込んだ。

 10年以上前から始まった苦境の時代には、ティーンエージャーらしい遊びなどほとんどしてこなかったせいか、島も雪乃もデートといっても何をして遊べばいいのかわからない。
「でも、やってみたかったことはいっぱいあるんだ」
「…私も…!!」
 顔を見合わせてぷっと吹き出す。
「じゃ、ここにしよっか」
「来たことある?」
「ううん、初めて」
 


 首都圏に数店舗新しく開店した、大型インドアレジャー施設<ギガ・ランドスケープ>。ここのスポンサーが南部んち、だってことには目を瞑る……とにかく、大型インドア施設でこれほど『遊べる』場所は他になかった。

 根強い人気を誇る、古典的なボーリングにスカッシュ、卓球、バッティングにダーツにゴルフ、シューティングゲーム。加えて、23世紀の科学を駆使した娯楽も目白押しである。チームでなくては成り立たないようなスポーツも、アンドロイドと3Dホログラムを併用したスタメンを選べば二人でも対戦チームが作れ、バスケットやサッカー、野球の試合も出来る。立体ホログラムを使用した登山や深海探検、脳に直接働きかけるバーチャルシステムを使った世界一周ツアーやトレジャハンターゲーム。汗をかいたらシャワールームもあるしパウダールームも完備。仮眠室でちょっと休んで、映画館やレストラン街へも行ける。ホテルや結婚式場も併設されていて、とにかく至れり尽くせりという施設。

 ヤマトの戦士としては…、というより、オトコとしてはカノジョにイイとこ見せよう、とか思っちゃったりするものだが、そんなことよりもひとつひとつに夢中になる。

 ——何しろこの数年間、生きるか死ぬかの軍事教練に明け暮れていた島にとって、遊びとしてのスポーツはとにかくただひたすら、珍しいものだったからだ……


                   ★

 
「えええ〜、なんで?真ん中狙えばいい、って話じゃないか…」
 10本あるピンを、どうやっても9本しか倒せない。なのに雪乃は笑いながら、よいしょっと転がしたナヨナヨの球筋で10本全部倒すのだ……ストライク!

「………沢渡さん、ボーリングやったことあるの?」
「ないですよ〜?」
「じゃなんでストライク出るんだよ…」
「さあ」

 さあ、じゃないよ!!
 とか言ってたら、自分の1投目、ピンは両端に2本残してスプリット。
「なんじゃありゃ…」
「どっちか1個、倒すしかないよね」
「う〜〜〜…」
 しかし、島の2投目は虚しくまっすぐホールに飲み込まれ。

「くそー」
「あは、島さん、力はあるけど玉がまーっすぐだから」
「ボールに回転かけるのか。……でもどうやって?斜めから投げればいいの?」
「う〜ん…あたしもよくわかんない〜」
 あははっ! 

                    ★

 これは案外得意だぞ…!
 そう島が言うのはテニスである。
 ところが案外雪乃も大したもので、ふたりで随分長いことストロークの応酬。
 スマッシュを打ったつもりが雪乃に難なく拾われて、島はちょっとショックである。

                      ★

 バッティングも雪乃はそこそこだった。
「体力だけは自信あるんだ〜…」
 えいっ!
「…うっそだろ〜〜」
「やったあああ!!」
 120km/hのブースで彼女がイイ玉をかっ飛ばした時は、さすがに思わず唸ってしまった。
「えへ…」
 照れて頬を染める愛らしい姿と裏腹に、軍隊でも通用するような体力と運動神経の良さに、思わず舌を巻く。

 だが、男でも女でもスポーツはなんでもそこそこに出来る方がこういう施設では楽しいこと間違い無しだ。これが古代だの、加藤や南部だのといったダチ公と一緒だと、また意識が変わること請け合いだが(あいつらとも来てみたい、と思った……絶対ムキになって張り合うだろうけど・w)女の子と一緒に勝敗なんか二の次で単純に楽しむ。こんなのも、案外楽しい。貸しウェアのピンクのスウェットスーツの彼女の頬に汗が光っている。すました格好より、ずっとイイ。

 島は胸いっぱいに楽しい空気を深呼吸した……


 ホントに久しぶりだ〜…。
 遊んで楽しい、っていう感覚。



「ああっ、島さん見て!!あんなものがっ!!」

 3Dシミュレーションゲームのコーナーに入ると、お決まりのドライビングゲーム、チューブトレインや旅客機のコントロールゲームなどに混じって、とんでもないものがあった。


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