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すっごい!なんですか、あれ!!
雪乃が色めき立って指差したのは、なんとNUMB GAMEコーポレーション提供の『キミもCREWだ!宇宙戦艦ヤマト』3DHシミュレーションゲーム。
・・・・・・・・。
「冗談だろ… 」
案外人気を集めているそれは、どっかで見たような……いや、よくもここへこんなモン持って来たなと呆れ返るほど精巧に模された、誰かさんの操縦席である。しかも左を見れば、そっちには波動砲のターゲットスコープ付きの座席、つまり戦闘指揮席があった。
正確には補助の戦闘指揮席がそのまた左にあるのだが、ここは端折って2つだけ席が並んでいる……
思わず絶句。でも堪え切れずに吹き出した。
さすが南部重工…というか、なんてことしてくれてんだ南部重工!である。
大人にもことのほか人気のようで、今真剣な顔でそのシミュレーターに取り組んでいるのはいい年をしたオッサンだ。
どれ、と後ろから様子を見ると、ゲーム機とはいえ結構本格的である。前方のキャノピーの外、操縦席から見た景色は民間の宇宙港。他の航空機のコントロールゲームと同様、普通に港から発進して地球大気圏離脱、までの技術得点を競うものらしい。
コンソールパネルを見ると、さすがにそれは本物には遠く及ばない。速度計や高度計、ジャイロなどはそっくりに出来ているが、実際に動かせるのは推力コントロール用のレバーと操縦桿だけのようだ……要は、上昇の角度だとか、スピードとかが適正でないと大気圏を出られない、ということらしい。オッサンはヘッドホンをしているから、推力や上昇角があのヘッドホンから指示される…ってことなのだろう。指示に従い適正に操縦桿とレバーを動かせないと、地球引力圏に引っ張られ、失速して墜落。ゲームオーバーである。
隣の波動砲発射席は、生意気にも本物と同様、発射の際にコントロールハブを操縦席から受け取る形になるらしい。ロールプレイング形式で、何らかのストーリーが出てくるようだが敵は流星帯や隕石のようなもので、ガミラスではないようだ。
——しばらくして…
オッサンが、「だああああ!」と小さく叫んで大気圏離脱に失敗した。
「ね、次、やってみせて??」
雪乃は島の腕を引っ張って、当然のようにそう言った……
え〜?
「やだよ、…だって計器が足りないもん、あれじゃ」
「そうなの…?」
「推力コントロールレバーと操縦桿だけじゃ… 僕だって…どうしていいのか」
「そういうものなの!?」
「そういうモンだよ…あれ、かなりムチャクチャだぜ…」
ひっでえなあ。
……笑いが止まらない。
見ていると、今度は中学生くらいの男の子の2人組がオッサンの立ったあとにやってきて、挑戦を始めた。一人が戦闘指揮席、もう一人が操縦席だ。もう何度もこのゲームをやっていると見えて、彼ら二人は各々自分の持ち分を心得ているようである…
ぷっ。
…そっか、俺たちって…あんな風に見えてるんだ。
左の古代と、右の俺。
座席から見えている彼らの服がまるまる私服でなければ、まさにあの通りなんだろう、と笑いがこみ上げた。
で、そのこみ上げた笑いを咬み殺しながら、様子を窺う。
補助エンジンの推力を充分上げて、上昇コースを辿る。その後、メインエンジン点火、噴射と同時にさらに推力を上げ……
お〜、操縦席の彼、上手いもんだ。高度5万。外気圏に入ったぞ。
画面はストーリー部分に入っている。操縦した子の点数が高いので、続きをプレイ出来ているらしい。
前方から迫り来る巨大な隕石。その映像の隕石が燃えていないのは、もちろん遊星爆弾の被災者への配慮であろう… それを、戦闘指揮席の子が波動砲で撃つ、とそういう流れのようだ。
中学生くらいがやっぱりこういうものは一番上手なんだな。…侵略戦争中、最悪の事態(本土決戦)に備え訓練学校の募集したプレスクールにおいて、シミュレーションで戦う練習をさせられていた世代。
幸か不幸か、地球の大地が決戦の場になることはなかった。だが、彼らはその事態も想定するよう、大人たちに言われて育ってきたのだ。
……そう思えば、これはいいことなのか悪い事なのか、分からなくなって来る。この年齢の子どもたちは、こんなシミュレーションゲームでもかなり真剣になってやっているのだ。数年後には、本物を扱いたいと真剣に願っている子もいるだろう。頼もしい…と素直に思えばいいのだろうが、本物の任務に伴う犠牲を考えると、手放しで喜ぶ…と言う訳には行かないな、とも思う島だった。
「ねえ、やらないの?…じゃ、私がやろうかな」
ぼうっと考えていた島を小突いて、雪乃が言った。
は?
「君が…やるの?」
途端に現実に引き戻される。
「うん!…教えてくれる?どうやるのか」
「…知らないよぉ、本物とは全然違うもん…」
だが、言いかけて、ハッ。
ヤマトを大気圏から離脱させ、巨大隕石を力を合わせて破壊し、ハイスコアを出した中学生2人組が得意そうにブースから出て来たのと、うっかり目が合った…
「あ…… あれっ」
「えっ…」
中学生たちの目が、見る間に丸くなる。
——やばい。
「……沢渡さん、行こ」
「えっ」
アー、アアア〜〜うそ〜…?!… 後ろで声を上げた中坊どもにかまわず、島は慌てて雪乃の手を引っ張り、その場を離れた。
本物のヤマトの操縦士が、こともあろうに「ヤマトの」シミュレーションゲームをのぞきに来てた、なんて噂立てられたら…小っ恥ずかしいったらありゃしないじゃないか!!
「あーあ、びっくりした…!」
「私も!島さんったら急に逃げ出すんだもん…」
「あはは…」
自動販売機で買ったジュースをほら、と投げると雪乃はそれをぱちっと受けとめる。素のままの彼女は案外男勝りだ。
「ありがとっ!」
ありがとうございます、なんてかしこまられるより、こっちの方がずっといい。
並んでベンチに腰かけ、ジュースを飲んだ。
「ぷはぁっ」
ジュースを一気に半分くらい飲み干して、雪乃が息を吐いた。「おいしいっ」
「…お腹空かない?」
「…すこし」
そう言ったそばから、雪乃のお腹がグウゥゥゥ〜…と鳴る。「…きゃー」
「あはは…」
よし、じゃあ着替えて何か食べに行こ!
うんっ!
自分の問い掛けに、いちいち弾むような声が返って来る。遊んでもらうのが嬉しくてしょうがない子犬みたいだ、とふと思う。こういう女の子は、好きだ。
レディスルームへ行った雪乃を待つ間、島はロビーの隅の壁に寄りかかり、ホログラムビジョンを見るともなしに眺めていた。
天井いっぱいに広がる大きなスクリーンには、昼間、彼女と一緒に見た首都上空の様子が中継放送されている。
<まもなく、日没を迎えようとしております。メガロポリス上空の、現在の様子です……>
レポーターが、西の空に沈もうとしている夕陽を捕えた映像に、何かコメントをつけようとして口籠り… 黙った。
——感無量。
ロビーにいる殆どの人が、同じように話を止め、中継画面にしばし見入る……
雪乃は、髪を手櫛で梳かしながらちょっと急いで洗面所から出て来た…… 島さん、待たせちゃったかな。
ロビーの隅の壁に、島は寄りかかって立っていた。だが、そこに居合わせた殆どの人と同じように、彼の視線も今、日が沈もうとしているホログラムビジョンの中継映像に注がれている……
「………」
雪乃は、黙って島のそばに歩み寄った。そっとその手を取る。
振り向いて、島が微笑んだ。
島が握り返した手を、雪乃ももう一度そっと握り返し……一緒にビジョンの映像に目を注いだ……
地平線に、黄金色の輪が光る。
地平に溶け込んだ太陽が、名残を惜しむように左右に煌めくと、
…陽が沈んだ。
上空に残る金と赤のオーロラに、夜の帳が群青色の毛布をかけて行く——
「……明日も、また…空は青いかしら」
「ああ」
明日も明後日も、明々後日も……ずっと青いさ。
二人は顔を見合わせて微笑み合った。
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