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だが、リビングにいた父親と母親が、古代と森雪の婚約話をまるで我が事のように喜んでいるのを目にして、島はいよいよムッツリ、半眼になる。
「大介、古代君がね…」
「ああ、昼間来たんだって?」
母親が黄色い箱を手に、嬉しそうに話しかけて来た。
風呂上がりの父親が、タオルで頭を拭き拭き頬をほころばせて後を引き継ぐ。
「お相手はヤマトで一緒だった人だそうじゃないか。…大介お前、知ってたんだろう?」
「…まあね」
「なによ、あんたったらひとっ言も言わないんだから。…おめでたいわねえ、あの古代君が結婚なんて〜…」
「えらい別嬪さんだったぞ?お前も同じ部署だったんだろう?…まんまと古代君に出し抜かれたな〜」
「はは…」
島は、力なく笑った。
父にも母にも、悪気は微塵もない……それは分かってる。
まして、このオレもカノジョを狙っていただなんて、そんなハナシはおくびにも出してはいない。恋の争奪戦にホント〜〜に破れた、だなんてことは…父母は知らないのである。
「僕は彼女みたいな強い女性は…ちょっとね」
仕方なく、負け惜しみを言ってみる。
「はっはっは…。そうか、あの別嬪さんは強いのか!」
「ええ、一廉の戦士ですよ。コスモクリーナーDを、危険承知でテスト稼働させて、その影響で一度仮死状態にまでなった人です。それを押して、見事に生還したんですからね」
「ほう……」
そりゃあ頼もしい。
目を丸くした父の脳裏には、昼間古代と一緒に訪れた雪の姿が浮かんでいるのだろうな…と想像された。
「なるほど。そういえば、今日も張り切っていたのはその彼女の方だったな。古代君は『うん、うん』って言ってるだけだったぞ…」
ありゃ、早くも尻に敷かれてるって感じだったな!なるほど…女戦士か!!
まあ…確かに。
身寄りのない古代にとって、ウチの両親は親みたいなもんだったしな。
ひと頃あいつは休暇の度にウチに泊まりに来てて、父さん母さんもあいつをもう一人の子供みたいにかまっていたっけ。
尻に敷かれている、と古代の甲斐性無しっぷりを笑いながら、それでも父が非常に喜んでいるのは島にもよく解る。
「……で、なんですか、あいつ…父さんに結婚の仲人でも頼もうっていうんですかね?」
「あたり!」
母が嬉しそうに横から相槌ちを打った。雪が持って来たのであろう洋菓子を、半分かじっている……
「古代君と、あの森さんのお仲人さんだなんて、母さん…感無量よ!」
「なんでも、来年の秋を目処に式を、って話だ」
「古代君が次の任務に出る前に、母さんたち、森さんのご両親にご挨拶しに行きましょう、って話になったのよ〜〜」
「…来年って…。随分先の話ですね」
「大介、結婚というのはそういうものだぞ、色々と段取りがあるんだ」
へーえ、そうなんだ…
この家の長男の方は、まだそんな話にはてんで無頓着。
案外面倒くさいんだな……結婚、て。
…古代のやつ、そういうの知ってるんだろうか。
自分以上に世事に疎い親友である。まして、こういうコトに関しては……
「お前は誰か、いい人いないのか、大介?」
「はあ」
話の流れからして、そう訊かれるのは時間の問題だった。
だが、雪乃のことはまだ伏せておくつもりである。
(この勢いで、じゃあアンタもとっとと結婚しなさい…だなんてことにされたって困るからな)
第一今日がデートの初日だったんだし… 結婚なんて、まだまだずっと先の話だよ……
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(しかしな……)
まるで息子が結婚でもするみたいに興奮している両親を後目に、自室へ戻りながら。
島は考えた……
(古代のやつ。…本当に雪と結婚するのかな)
だって、俺たち…
はっきり言うと。
まだ、女なんかろくに知らないんだぞ…?
俺がドーテー、ってことは、あいつだって絶対そうだ、間違いない。
(……雪ひとり、って…もう決めちゃうのか、お前…?)
雪とあいつが、結婚。
それはそれで、妬ましいことこの上ない…
だけど。
他にろくに女を知らないまま、結婚するのか…と思うと、それはそれで気の毒だ、とさえ思えて来た。
(……雪だって、似たような条件なんじゃないか?)
女はそれでも別にいいのかな。
……よくわからん。
だが、その思いつきは島の気持ちをちょっと浮上させた、それは間違いない。
俺は… 遠慮するな。
雪乃は、そりゃあ…いい子だけど。
……他に誰とも経験しないうちに、一人に決めるだなんてそんなこと… ちょっと。…なあ?
だとしたら、古代の知らない世界を、俺は手に入れることになる。
(……もしも相手があの雪だとしたら、俺も決められるんだろうか?一人の女に…)
そう思わなくもなかったが、しかしそれは多分、永久に実現しない「もしも」である。
だったら俺は、納得行く相手に出会うまで… 決めないぜ。
それが幸せなのかそうでないのか……
そんなことは、ともかく。
単純に、将来的には自分が古代よりも女を知っているということになる。
そう考えるだけで、多少は気が晴れるような感じがした。
……それはなんともお粗末な自己暗示、ではあったが。
* * *
次の火曜日——。
今度は、ちょっと遠くへドライブへ行こう。
そうは言ったものの、結局目的地は限られた。地下都市の第5階層内部には良い景色の広がる観光地なんぞないし、市街地から離れれば過疎地の治安はいまだ不安定だ……車から降りられないのにそんな場所へ行っても、見るものはそれほどない。
さて、どうしようか…。
と言う訳で結局、またしても似たようなインドア施設にやってきた2人である。ただし今日は、ショッピングモールだ。
「…歩くんに、服を買ってあげたいの」
雪乃がそう言うので、島は(じゃ、僕は君に何かを)と考えたのだった。
並んで歩く雪乃は、だがどうもあまり楽しそうではない… 先週見せた、あの溌剌とした様子が今日の彼女には感じられなかった。
(……?どうしたのかな)
子ども服の店に入って、雪乃はシャツとズボンを2組、選んだ。赤いタータンチェックのシャツに杢グレーの長袖のTシャツ、デニムの半ズボンと長ズボン。
次郎のものより、10センチ小さい。
ふと思いついて言ってみた。
「ねえ。…雪乃」
歩くんがイヤでなければ、なんだけどさ。
「…僕の弟の着ていない服が、結構あるんだ。サイズがちょっと大きいけど、歩くん…着ないかな」
「え…」
本当に…!?
次郎はチビのくせに服に関してはこだわり屋で、同じブランドの同じシリーズの服ばかり持っている。母がうっかり別のブランドの服を買って来ると、ワードローブの肥やしと化してしまう。母が憤慨しようが次郎はテコでも気に入ったもの以外着ようとしない。そんな「うっかり」な服が、随分あるのをつい最近、目にしたところだった。
「そうだ、じゃあ今からウチに来る?」
「……!!」
歩に弟のお古を、という島の提案もさることながら。
家に来る?なんて訊かれたものだから雪乃の狼狽えぶりはハンパなかった。
「し…島くんの家に…?」
「この時間だと、誰もいないし。ちょうどいいよ」
「…………」
何の他意もなくそう言ってしまってから、島はハッ。
誰もいない家に、君を連れて…?
あ、あー…
「あ…ええと、ほら。僕が選んで持って来ても、気に入るかどうか分からないじゃないか。君が直接見て選んだ方がいいんじゃないかと思ってさ…… べっべっ別に変な意味じゃ」
それ以上言い繕うとその分さらにドツボにハマる気がして、モゴモゴモゴ…と語尾が消える。
くすっ……
雪乃が、吹き出した。
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