SNOW WHITE (13)

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 そんなつもりじゃ、なかった。
 でも、何をどう言い訳しても無駄のようだ。

 部屋のベッドに腰かけた雪乃が、恥ずかしそうに着衣を直している… それを後目に、島は「飲み物持って来るよ」と部屋を出た。

 自分もまだ、身体中が、火照っていた——。


                  *


 唇を重ねた後——。
 涙の止まらない雪乃に愛しさが募って、どうしても欲しい…と思い詰めてしまった。 部屋のベッドに、抗う彼女を半ば強引に押し倒す。

「島くん… や…」
 いや、と言うその声が、溜め息にも似て……さらに島の気持ちを煽る。
「ねえ、いや…… 駄目」

(俺とは釣り合わない、君はやっぱり、自分をそう思ってるの?)

 声に出して問い掛けようと思った… だが、思い留まる。
 そんなこと、忘れて欲しい。
 そう思ったのだ。


「…好きだ」

「島くん…」

「好きだ、雪乃」

「しまく…」

「…雪乃」
 


 重なる唇が、次第に熱を帯びてくる。
 初めて触れる女の子の裸の胸。
 ブラウスのボタンをぎこちなく外す島の右手を両手で掴みながら、雪乃は肩を震わせている。
「…島くん…やだ…」

 背中に手を回して下着を外そうとした。
 でも、情け無いことに片手でまさぐっても、この下着のジョイントの仕組みが分からない。
 それよりも、ふっくらした白い膨らみに目眩がする…。
 はだけたブラウスの中に手を入れて、下着の肩紐をずらした。

「……ゃ…」

 ピンク色の乳首が、勢いよく零れ出る。心臓の音が、ばくんと脳天に響く…
 だが、同時にそこにあるものに目が釘付けになった。島の視線に気づいた雪乃が慌てて胸元を両手で覆う。
 白い乳房に残る、焼きごてを押し付けたような火傷の痕。
「…あ…あたし、建物の下敷きになったから」
 
 
 …島は無性に哀しくなった。

 歩の眼帯の顔を見た時と同じだった。
 病室の、他の子どもたちを見た時と。

 彼女を、強く抱きしめる。
 ケロイドの残る白い胸に顔を押し付けた……


 ごめん……
 ヤマトは、放射能除去装置を持って帰った。大気は…、大地は浄化されていく。…でも、君に…君たちに、心からの笑顔を取り戻すことが、できない…… 
 


「……傷、…奇麗に治そう」
「…お金がないもの」
「そんなの、俺が!」

 言いながら島が勢いよく身体を起こすと、雪乃はまた……泣いていた。泣きながら、言った…

「だから。…そんなことのために、あなたを好きになったんじゃ…ないったら」
「…それでもいい」

 それだってかまわないよ。
 何も出来ないことが悔しい…、こんなに悔しいなんて。
 だから、そのくらいのことは…させてくれよ…!

 雪乃が笑った。
 泣いたり、笑ったり……だ。

「島くん… 変だよ、何も出来ない…だなんて。…島くんは… イスカンダルまで行ってくれたじゃない… 生きて帰って来た、…すごい…人じゃない…」
「違う。…俺はただ、計画と命令に従ってただけだ。生きて帰れたのは、死んでった大勢の仲間のおかげだ。俺自身は、何も…」
 
 今は君のために…、何かしたいんだ。…俺自身の力で。

「………」
 泣いたり、笑ったり… 泣いたり。
 そうして雪乃は、目を閉じて涙を零し、島のために笑った。


 雪乃のブラウスを全部はだける。火傷の痕が、点々と残る腹部。

 ブラジャーを上に押し上げて、乳房を自由にした… 
 白くて薄い皮膚の中に、丸い何か柔らかいものが包まれている不思議。 
 人間の手が二本あるのは、これをひとつずつ包むためなんじゃないだろうか。
 その先端が誘うような色をしているのは、それに口付けるためだ。

 どうしてだろう…、まるで出会う前から決められていたことのように身体が動く。
 ケロイドに唇を這わせた島の肩に手をかけて、彼女が「やめて」と言うように首を振る——。
 それには応えず、左脇にあるスカートのホックに手をかけた。


「…ね、島くん…」
 ファスナーを降ろして、その中へ手を滑り込ませた。平らな下腹が驚くほど熱い… 雪乃の手が、ぎゅ、と島の腕を掴む。

「島くん…、」
「…そんなに嫌?」

 困ったような顔。火照った頬… 雪乃は目を伏せて「そうじゃないけど」と口の中で呟いた…「嫌われたくない…から」
「なんで」
 嫌ったりしない。

 抗う雪乃のスカートを降ろすと、下腹部と内腿にも、ケロイドが広がっていた。
「汚いから」
 ——やめて。
 島くん……


 白い下腹に、島は思わず突っ伏していた。
 残酷だな——、と思った。

 ……幸か不幸か、自分はイスカンダルへの旅の間、直接の戦闘には関わらずに済んだ。銃撃戦にも出なかった、それは操縦士として当然だと思っていたからだ。コスモガンを腰に吊ってはいたが、それは最悪の場合を想定してのことだった、第一艦橋が敵に占拠されそうになった場合だけ。島は、自分の撃った銃弾で誰かを殺したことが、まだなかった。
 古代たち戦闘班やブラックタイガー隊が、何を置いても守ろうとしたその場所に、俺はずっと居たんだ。ただ、守られて。怪我ひとつすることもなく…。

 そんな俺が、…君を。
 こんな怪我に耐えて生きて来た君を、汚いなんて…思えるわけ、ないじゃないか。

「ねえ…、島くん」
「雪乃」


 相変わらず自分を押しとどめようとする雪乃。
 彼女の白い腹から、島は顔を上げる。

「……俺がイヤなの?」
「…違うわ…あなたは好き。…大好き。でも…あたしの身体、汚いから」
「そんなことないよ、…好きだよ」
「……… ほんとに…?」
 
うん、と思い切り首を縦に振る。
 雪乃は小さく息を吐くと、躊躇いがちに両腕を広げ、抱きついて来た。
それに応えて島も彼女を抱きしめ…

 キスを。
 彼女の唇を割って中へ… 

 しかし、勢い熱くなった彼の唇から逃れるようにして、雪乃は慌てて言った。
「まって… ね、あの、…」
 なんだ、やっぱり…駄目なの
 そう言わんばかりの顔をしていたのだろうか、彼女は島の顔を見て今度は苦笑した。「私のバッグに」
 

 護身用にね、いつも持ち歩いてるの。
「なにを?」
「……護身用、って言っても…これは最後の抵抗だけど」
 笑いながら彼女が取り出したのは、小さな錠剤だった。
「……それ」
「うん」
 受精卵の着床を防ぐ薬。
「こんなの…ホントは、襲われた後に飲むものなんだけど、今飲んでおくね…」
 言ってる意味、分かる?と頬を染めた。

 この時代の避妊は、通常男性側が飲剤でコントロールすることになっている。それは島も知っている… そう言えば、俺。…そんなこと何にも考えないで…。下手したら彼女を余計に傷つける所だった。
「……ごめん…」
「ううん…気にしないで」

 でも、彼女がこれを出してみせたってことは。


「いいの…?」
「うん…」
「…雪乃……」



 彼女が一度元に戻したブラジャーのホックを、今度はちゃんと両手で外した。スカートも、丁寧に脱がしてやる。自分が慌てて服を脱いでいる間には、彼女に掛け布団の中へ潜ってもらった。
 父さんが、書斎を俺にくれて良かった…
 ただ脱ぐだけの服に予想外に手間取りながら、島はそんなことを思う。

「…島くん」
「雪乃」


 薄い掛け布団の下で、裸の雪乃を抱きしめる。彼女がまだ着けているショーツの上からそっと触ると、そこは温かく湿っていた……

「は…初めてなの」
「あ… うん…いや」

 初めてなの?と聞いたんだろうか、それとも私も初めてなの、と言ったんだろうか。雪乃の言葉を捕え損ね、島は曖昧な返事をする。


「… 一度ね」
 島の手が自分のショーツを降ろして行くのを黙認しながら、雪乃は呟いた。
「襲われそうになったことがあるの…」
 でも、あたしの身体が、あんまりケロイドで汚かったから。
「殴られただけで済んだわ…」
「………もうそういう話をするのはよせよ…」

 雪乃は不安なのだ。
 だから、話さずにはいられない。島にはそれが伝わった。

 だけど…聞きたくなかったし、思い出して欲しくなかった——

「……嫌いに…ならないでくれる?」
 涙声で懇願する彼女に、深く頷く。

 当然だ。

「…君の心が奇麗だってこと、俺はよく知ってるから」
「…………」
「泣くなよ…」


 島くん……。


 初めてだから、これでいいのかどうか、それは随所で、気になった。痛そうな顔をさせていても、どうしていいのか分からなかった…… けれど、痛い?と聞いてうん、と言われたら躊躇してしまいそうで、上手く聞けなかった。

 ただ、自分の貪欲な野性が前に突進するのだけは、抑えようと思った。

 

 ——彼女は、俺に、守って欲しいと思っているのだから……。

 


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