(14)
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夕刻。…とはいえ、まだ地下都市天井の照明が明るく街を照らしている時間である——
軍官舎の狭い駐車場にエア・カーを停めた島を、ちょうど帰宅したらしい母親が呼び止めた。
「あら大介。…早かったのね?」
沈んだ顔で車から降りて来た息子に、母はぎょっとした。
「大介あなた、どこか悪かったの?!」
まさか今になって、宇宙放射線病の症状でも出たんじゃないでしょうね!?
「……ああ、ただいま。…違うよ、大丈夫」
血相を変えた母親に力なく苦笑した。
…そっか、そんな風に見えたか…。まあ、無理はないけどな…。
官舎に向かって、母子ふたり並んで歩く。
「……母さんの方はどうだったの?」
勤務先から向かった父と一緒に、母は森雪の実家へ古代との結婚の仲人として、挨拶に参上したはずである。
「うーん…それがねえ…」
どういうわけか、母まで渋い顔だ。
「……森さんのお母様、手強くて」
「手強い?」
何が手強いんだか。
さすがユキのお母さんだ、などと話も訊かずにちょっとだけ苦笑した。
「あなたね、笑ってる場合じゃないのよ…」
おかしなことになってきちゃってるんだから。
大人しく相づちだけ打っていれば、母は大抵気持ちよくなんでも話すものだから、とりあえず話半分で聴いてやる。これも親孝行のうちだ。
「ほら…、古代君。……ご両親もご親戚もみんな亡くしてるでしょう」
「…ああ。…それが?」
あちらのお母様、それがどうも気に入らないみたいなの。そのことで…、お父さんと母さん、2時間延々、議論のくり返しだったのよ…。
「なんで?古代に親がいなくても、…だからこそ母さんたちが」
「それがね…、森さんちって案外…こだわるのよ」
お家柄がいいからでしょうね、しかも雪さんは大事なひとり娘だから、ある程度はしかたがないわ。
でもこのご時世、ご両親を亡くされた男の方はたくさんおられるし、何しろ古代君はあのヤマトの艦長代理なんですから、って母さんも父さんも散々古代君の肩持ったのよ。
ところがね……
「渋ってらっしゃるのよ…。あのふたりの結婚そのものを」
「はぁ?…今さらかい…?」
呆れて溜め息を吐いた。
本人たちがどんなにノリ気でも、親が首を縦に振らなければ成立しない。
結婚って… そんなもんかも知れない、とは思っていたけど…。
息子の深い溜め息の理由など思いもよらぬ母が、古代の身を案じてこちらも深い溜め息を吐いた。
「……でね。あちらのお母様ったら、妙なこと言い出したの」
「ふーん…」
「…あなただったら娘の婿に申し分ない、なんて言うのよ」
「へえ」
「へえ、って… 他人事みたいに!!」
「え?」
母がなぜ急にむくれたのか、話半分に聴いていた島には一瞬分からなかった。
「だーかーら!森さんのお母様ったらね、古代君じゃなくて、あなたと雪さんを結婚させるのはどうか、なんて言いだしたのよ!」
「……は?!」
なんだって?
「……冗談きついぜ…」
額を押えた息子をチラ見して、母はホントそうよね、と頷きながら続けた。
「まったく、そりゃ…うちは幸いにして家族も揃ってるしお父さんの会社も潰れなかったし、なんだかんだ言って、あなたは古代君とポジション的には実質そう変わらないしね…。あちらから見たら、古代君より総合して条件がいい、ってことなんでしょうね。でもそんなの、世間体だけでしょう。二人の気持ちが一番大事なんじゃないですか、ってお父さんが何度も説得したんだけどね、まるで聞く耳持たないの」
母はだが、憤慨しているようでいて、息子や我が家が高い評価を受けていることについてはまんざらでもなさそうだ。
官舎の狭いエレベーターで11階に上がる…
フロアの右端にあるドアが、我が家の入口だ。
「そりゃあねえ、母さんだって…」
母は一方的にしゃべりながら、大介の先に立って玄関を入った。
美容院へ行ってセットした、という髪には、よく見ると何かキラキラしたものが光っている。気づくとその首にも、もうずっと以前にしまい込んだままだったはずの、パールのネックレスが光っていた。
「……雪さんはいいお嬢さんだと思うわよ? あのお母様もお父様も、根は本当にいい方達だと思うわ。だけど、いくらなんでも古代君の結婚の話の席で、大介と結婚する気はないのか、だなんて…よくも娘さんの前で言うわよねえ…」
「…ゆ… 森くんがいる所でそんな話をしたの?!」
さすがの息子も、それはないだろ!と唖然。
「そうなのよ…。古代君が一緒でなかったのがせめてもの救いだわ。…その後、雪さんとお母様とで言い合いになっちゃって、もう大変だったのよ、雪さんは泣き出しちゃうし」
「そりゃそうだろうね…」
あーあ、どうしたらいいのかしら。
深い溜め息を吐く母に、もしやと思い、訊いてみる。
「母さん。…もしも俺が結婚するとしたら、相手はやっぱりちゃんとした家の子の方がいいの?家柄とか、親が生きてるとか学歴とか」
え?
…と振り向いた母の表情は、複雑だった。
「なんで?…大介あなた、まさか」
「違う違う、もしも、ってこと」
ああいやだ、脅かさないで。
天を仰ぎつつ、母はバッグをリビングテーブルに置くと、くたっとソファに座り込んだ。
「…そうねえ。出来るならその方が、とは思うけど」
こんな時代だし…
あなたは、男の子だし。
娘を嫁がせるのとは、また…違うからね。
「じゃ、いきなりこの人と結婚します、って勝手に籍入れて、女の子を家に連れて来てもそれはかまわない、ってこと?」
ニヤッとしながら訊いた。母がぎょっとして目をむく。
「……それも…ちょっと…できれば…止めて欲しいわね」
「…あ、そう」
「そうよ!」
母はそんなの当たり前でしょ、変なこと言わないで…と、再びブツブツ言い始めた…
誰だってねえ、大事に育てた子どもなのよ。出来るだけいい相手といい結婚をさせて、幸せになって欲しいと思うじゃない?!
「……だから母さんも、古代君はとってもいい子だから、絶対雪さんを幸せにしてくれますよ、家柄とか世間体とか、そんなことよりも彼自身を見てあげてください、って言ったのよ、私たちが保証します、って。……それが通じないのよねえ…」
親心か。
もちろんそれが分からない息子ではない…
(…世間体より人柄を見てください、なんて言ってるけど、…もしも俺が雪乃を家に連れて来たら、母さんたちだっていい顔しないんだろうな…)
そう思うと複雑な溜め息。
父と母が、上手いこと雪の両親を説得できなかった理由がなんとなく理解できた。仲人たる自分たちの息子には迎えたくないであろう素性の相手を、懸命にその人柄だけで評価して欲しいと、そう雪の両親には頼んでいるようなものだからだ。
けど、古代を否定されたら、雪だって… 怒るだろう。
俺にとってもやつは親友だし、悔しいけど雪は俺も認めたその彼女だ。
親たちの事情も心情も理解できなくはないが、こんな否定のされ方は自分も我慢できなかった。
「母さん?俺、今度一緒に行ってやろうか?俺は雪さんとはムリです、古代くんと一緒になる方が絶対幸せですよ、って口添えしてやるよ?」
複雑な本心を誤摩化すために、戯けてそう言ってみる。
「あらそお?」
ジャケットを脱ぎかけていた母は、だが意外なことにちょっとガッカリしたような顔をした………
「…あなた、雪さんは… 好みじゃないわけ?」
「全然」
「…あらそうなの」
大介はメンクイだと思ってたけど。
ぶつくさ言いながら、母はそれきりその話を止めた。
(驚いたな。母さんももしかして、俺と雪なら釣り合う、とか考えてたんだろうか)
そればっかりは、駄目だと思う。
釣り合う、釣り合わない、じゃないんだ。
…人間は…そんなことで幸せになれるはずがない。
それ以上リビングにいると苛ついてしまいそうだと思い、自室へ引っ込んだ。
——かといって。
自分の部屋に入るともっと滅入ってしまった。
(……雪乃……)
初めて抱き合ったのがこのベッドの上だった……
——雪乃。
『……私、歩くんを…引き取ろうと思うの』
そのために、お願い……力を貸して。
ああ、俺に出来ることなら、なんだって力になる。
…そうは言ったものの。
雪乃が実質、何を自分に懇願しているのか把握した時——
島は、即座には首を縦に振れなかったのだ。
「…書類上だけでかまわないの。歩くんを引き取るために、あの子のお父さんに…なって欲しいの」
私があの子を引き取ったら、すぐ離婚届けを出せばいい。あなたの戸籍に傷が付いちゃうけど、それ以外は絶対に迷惑かけないから…、
どうか……お願い……!
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