(17)
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<……で?帰還したら、その子と結婚するんですか?>
黒ブチメガネの「知り合い」が、モニタの中で呆れたようにそう言った。
「……いいや?」
そんなことは言ってない。
第10輸送艦隊は、島の指揮する大型輸送艦「おおすみ」を旗艦に、8隻が縦列を組んで火星軌道を過ぎたあたりを航行していた。
波動エンジンを持たない輸送艦。航続限界距離は1万5千光年と決まっており、当然ワープは出来ない。
艦隊は2200年12月20日に地球を出発し、クリスマスも正月も返上で木星の衛星エウロパから資源を運ぶ途上なのだ。地球に再び海を甦らせるのである。帰還は2201年の2月14日を予定していた。
波動エンジンを積んだ、つまり攻撃火器に波動砲を備えた「ひゅうが」型汎用護衛艦が5隻、艦隊の前後と左右を固めるように並行して航行していた……島とコンビを組んで今回派遣されている第7護衛隊の長が、例の黒ブチメガネだった。
…くだらない通信してくんな南部。…切るぞ。
そう言いたい所だが、私用で便宜を図ってもらった手前、そうも行かない。
「…彼女、いきなり子持ちになっちゃうんだ」
<はあ?そうなんすか??…まさか島さんの…?>
「ばーか、違うよ」
俺の子だったら、結婚するさ、もちろん。
頓狂な声を上げた南部にのんびりと言ってやった……
……まあ、ほら、あれだ。
世知辛い、ってやつさ…。
南部には、雪乃の仕事をピンポイントで斡旋してもらったのだ…細かい事情を話すべきだろうなとは思うものの。話せばやはり、同情されそうでそれが癪に障る。
<じゃ、振られたんですか?>
「それも違うな…別れたわけじゃない。…もっとオトナの事情だよ」
<はあ?>
オトナぁ?
南部が吹き出しそうになっている…… フフン、笑ってろ。
別れたわけじゃない。
そうは言ったが、実は自分自身よくわからなかった。
雪乃は歩くんのそばにいて、念願通り、じきあの子を引き取るのだろう。
…彼女が歩くんを養子に迎えて、その後に俺たちは……前のように付き合えるだろうか。
この輸送任務が終わって…帰還した時。
彼女がもしも、<一人で>俺を出迎えに来てくれていたら…
結婚とか、ちょっとは考えてもいいかもしれないけどね。
……こりゃ、賭け…みたいなもんだな。
南部が、したり顔でニヤリと笑った。
<航海長も、人の子…ってことですかね>
「……航海長じゃねえぞ、今は」
<あ、…あはは>
艦長か。すいません、島さん。
「ま、ともかく…ありがとうな。恩に着るよ、南部」
<そんなのいいですって>
他人事ならどれだけ深刻だろうが酒の肴にしそうな悪友の、屈託のない笑い顔に「この野郎」としかめ面をして見せる——
「……さて、くだらない話はここまでにして… 通達だ」
来た来た。
手元に転送されて来た3DHの観測結果に目を通しながら、島は言った。
実のところ、くだらない会話にただ時間を費やしていたわけではなく、彼らはこの観測結果を待っていたのである。
「護衛隊長、艦隊の航路を変更する。…アステロイドベルトの迂回を取りやめ、カークウッド回廊を通る。これで予定を5日、短縮できる」
<…結局突っ切るんですか?>
またまた…この人は。…輸送艦はヤマトじゃないんですから……
そう言いたげな南部に、島は笑った。
「何のために護衛艦が5隻もついて来てるんだ。観測で『通れる』って結果が出てるんだぜ、運行計画の前倒しは当たり前だ」
<…島さん〜>
「ということで、以上、よろしく頼んだ」
<はいはい…>
ぴ、と敬礼。
慌てて返礼した南部にニヤッと笑ってから手を下ろし、島は通信を切った。
(さてと…)
運行計画変更のために防衛軍本部に連絡をすると、通信には稀に森雪が出る。彼女は今、防衛軍長官秘書を務めているのだ。
心配事があると、彼女はそれが顔に出る。
それに気がつくのは俺を含めてごく少数だったが、今彼女が気に病んでいることがあるとしたら、原因はただひとつだ。
(…おとぎ話はハッピーエンドだが、現実は厳しいな)
雪が難しい顔をしていたらどうしようか…、などとと思いつつ。
島は通信モニタを防衛軍作戦本部直通の回線に切り換えた——
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2201年、…春。
海が、……空が、大地が緑に甦る。
——そして地球人類は、浄化された地表へと再び戻って行った。
<了>
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<言い訳>。